「……意外でした、ヴァロワ卿」
   人事異動を発表した直後、宰相に許可を貰うことがあって宰相室を訪ねた。その時、宰相は本当に意外そうな顔をして私に言った。
「フォン・シェリング大将を支部異動させなくて良かったのですか……? 今後もあの方は足を引っ張るでしょう。おまけに副官や彼の縁者まで留任とは……」
「眼の届かない支部で悪巧みをされるほうが困る。それなら近い方がまだ眼が届くというものだ。それに副官留任はガス抜きも狙っている」
「それを聞くとヴァロワ卿らしいとも思いますが……」
   今回の人事に陸軍本部は随分ざわめいた。特にフォン・シェリング大将が現職である兵務課司令官に留任することに驚いていた。
「軍務局司令官と局内、それに参謀本部本部長は支部から人材を登用なさっていましたね。軍務局のほうは私も名の知った将官達ですが……、新しく参謀本部長となるウールマン大将とは? ヴァロワ卿も御存知の方なのですか?」
「今の帝国で一番、参謀本部長に相応しい人物だ。ウールマン大将の経験や功績は誰にも代え難いものでな。私より二つ年上で、話したこともないが、士官学校でその戦法を見たことはある」

   ラッカ支部長のリーンハルト・ウールマン大将――。
   士官学校時代に、まだ私が最下級の学生だった頃、模範戦闘のシミュレーションを見学したことがある。その時に見たウールマン大将の鮮やかな戦法に驚いたものだった。つい先日、ウールマン大将について調べてみたところ、ラッカ支部長となっていることが判明した。そして経歴の数々や彼の携わった案件を細部まで調べたところ、やはり相当な実力を有していることが解った。

「ヴァロワ卿が推薦なさるとは興味が湧きます」
「だがウールマン大将が就任を承諾してくれるかどうかが問題なんだ。そこで、就任早々済まないが、外出許可を貰いたい。ラッカ支部に行って、私から頼みたいんだ」
「そうですね。いきなり支部から参謀本部本部長への転属命令が出ても、ウールマン大将も驚くでしょう。了解しました」
   宰相は外出許可届に署名を施し、手渡してくれた。
「ただ呉々も身辺には気を付けて下さい」
「ああ。不気味なほど今が静かだからな」
「それから単独での行動はお止め下さい。副官とは言いませんが、どなたか信頼の出来る方と行って下さいね」
   宰相室を後にして、長官室へと戻る。ラッカ支部へは明日の早朝、出立することにしていた。一人でラッカに行くつもりだったが、あっさりと宰相に見破られた。こうなったからには誰か一人に同行を依頼するしかない。そうしなければ、宰相はハインリヒを同行させるよう命じるだろう。ハインリヒには海軍部で早々に功績を積んで貰わなくてはならないから、此方の仕事に駆り出させてはならない――。


 
「済まないな。ブラマンテ准将」
   誰に同行を頼もうか――考えた末、ブラマンテ准将に依頼することにした。朝6時に長官室に来てくれ――と伝えた通り、彼は時間通りに長官室に来てくれた。
「いいえ。閣下より早く来なければならないものを、申し訳御座いません」
「いや、済ませてしまいたい仕事があったから、少し早く宿舎を出たんだ。さて、行こうか」
   申請しておいた公用車に異常が無いか一通り調べてから、乗り込む。ブラマンテ准将が運転席に、私が隣の助手席に乗り込んだ。
   ウールマン大将には先約も取っていない。先約を取れば、もしかしたらその時点で拒まれるかもしれない――そう考えて、敢えて何も伝えず、ラッカ支部に行くことを決めた。彼にはどうしても参謀本部長に就いてもらいたかった。
「閣下、質問しても構いませんか?」
「何だ?」
   ブラマンテ准将は私よりひとつ年下で、軍務局司令課の書記官を務めている。目立つ男ではないが、堅実な仕事をするため、これまでにも書類の作成を依頼することもあった。大人しい人柄で、キール大将を取り押さえるような男には全く見えなかった。
「ウールマン大将閣下とはお知り合いですか?」
「いや。姿を見かけたことはあるが、面と向かって話したことはない。だが、ウールマン大将の能力は是非とも参謀本部に欲しい人材でな」
「ラッカ支部は纏まりの良い支部だと噂されています。ウールマン大将閣下を中心に結束が強いとか……。そのような支部の支部長が異動に応じるでしょうか……?」
「ブラマンテ准将は私より支部事情に詳しそうだな」
「あ、いえ。若手のなかでは希望者の多い支部のひとつなのです。それで知っていただけのことですが」
「希望者の多い支部か。しかし今でも本部を第一希望とする者は多いのだろう?」
「今はそうでもないようですよ。支部である程度昇進してから、本部に籍を置きたいという者が多いようです。本部がごたついているのは、支部にも知れ渡っていますからね」
「どうやら数年のうちに事情が随分変わってきたようだな」
「本部には保守派が多数を占めますが、支部によっては保守派の少ないところもありますからね。今回、閣下が長官に就任なさったことで、さらにそうした支部が増えると思いますよ」
   おそらくそれらの支部の支部長は、元帥と何らかの関係のある将官達だろう。嘗て元帥の統括していた参謀本部の面々は重要支部の支部長に収まっている。今回の人事で本部に招請した将官も居るが、どうやら私の知らないところにまだ人材が眠っているようだった。
「……そうなるとブラマンテ准将の言う通り、ウールマン大将は難しいか。支部のほうが居心地が良いだろうしな」
   もし断られた場合、新たな人員を探し出さなければならない。その時は元参謀本部の人間をもう一度見返してみるか――。
「閣下。今、思い当たったのですが、参謀本部の人員はあまり異動が無かったのは支部から本部長を迎えるためだったのですか……?」
「ああ。ウールマン大将は本部に所属したこともないからな。着任しても右も左も解らないだろう。だから現参謀本部の人員をほぼそのまま残しておいた。彼等も無能ではないからな。ただ……、エリート意識が高いのが少し気にかかるが」
「幼年コース出身者が多いですからね。ウールマン大将も幼年コース出身ですか?」
「いや。私達と同じだ。……だが、彼のような人材こそ参謀本部に置くべきだと思うのだがな。特にトニトゥルス隊から信頼を得られるのではないかと思う」
「トニトゥルス隊は孤立していますからね。以前は参謀本部との結束が強かったのですが……」

   話をするうちに車がラッカ支部へと到着する。帝都より暑さを感じた。車から降りると衛兵が側にやって来て、所属と用件を問う。ブラマンテ准将が応えた。
「陸軍長官のジャン・ヴァロワ大将閣下がラッカ支部長リーンハルト・ウールマン大将とお会いしたいと仰っている。取り次ぎを頼みたい。私は陸軍本部軍務局所属のヴィットリオ・ブラマンテ准将だ」
   衛兵は驚いて私とブラマンテ准将を交互に見遣った。身分証を提示すると慌てて支部長室に連絡を取った。支部に入ると、報せを受けた大佐が案内してくれる。応接室に通され、程なくしてウールマン大将が現れた。
「ラッカ支部長リーンハルト・ウールマン大将です。お出迎えもせず、申し訳御座いません」
   この時、直感ではあったが――。
   ウールマン大将は引き受けてくれるだろう、と何となく感じた。話をするなかで、鋭い発言も飛び出してきた。彼ならば参謀本部の面々も抑えられるな――そう思った。
   率直に経緯を話すと、彼は真摯にそれを受け止めてくれた。そして最後にはこう言った。
「思っていた以上の回答を得られ満足しています。ヴァロワ大将、参謀本部長就任の話、お引き受けしましょう。茨の道だが、軍人としての意義を持って取り組める仕事を得られそうだ」
   軍はきっと変わる――。
   そう思った瞬間だった。

【End】


[2011.9.9]
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