「当人達は何とも思っていないようだが、傍から見れば今やロートリンゲン家の天下ともいえる状況だ。他の旧領主家が青ざめながら慌てふためいている」
   ウールマン大将は面白そうに笑みを浮かべながら言った。
   ロートリンゲン家の天下と言われれば、確かにその言葉がしっくり来る。フォン・バイエルン大将もフォン・シェリング大将も、最近は苦虫を噛み潰したような顔をしていることが多い。
「宰相が稀に見る有能な人材なので、どうしてもロートリンゲン大将の影が薄くなってしまいますが、ロートリンゲン大将自身も逸材です。次官を置く必要の無いほど、てきぱきと物事をこなしますよ」
「こうして見ると人材は揃っている。ヴァロワ大将もそうだ。尤も次官との仲は悪いようだが」
「あちらの次官はフォン・シェリング派ですから。どちらかといえば、ヴァロワ大将を陥れようと目を光らせているのでは?」
   そういう風に見えるな――と言いながら、ウールマン大将は珈琲を口に運ぶ。それから顔を挙げて、ヴァロワ大将はロートリンゲン家とは仲が良いのだなと言った。
「そうですね。……ロートリンゲン元帥が軍に在籍なさっていた頃は、元帥と仲が良かったのは知っていますが……」
「……ヴァロワ大将の性格からして、旧領主家と懇意にするというのが私としては意外だがな」
   ウールマン大将はヴァロワ大将のことを知っているかのようなことを言う。それにしては、軍本部の内情には詳しくないようだが――。
   ああ、そうか。年齢が離れていないから、士官学校時代のことを知っているのか。
「ウールマン大将はヴァロワ大将とは士官学校でお知り合いに?」
「いや、参謀本部長に指名されるまでは話したこともない。ただ士官学校では私の2級下だったから、噂はよく耳に届いていた。上級士官コースからの入学にも関わらず首席だとか、本ばかり読んでいる変人だとかな」
「ヴァロワ大将は首席だったのですか……? それは初めて知りました」
   参謀本部に居た頃から、ヴァロワ大将のことは有能な人材だと知っていた。何度か共に仕事をしたこともあり、その手腕は眼を見張るものがあった。だから士官学校を首席で卒業したと言われれば、確かにそうかもしれないと納得出来る。
「頭は抜群に良い。ずっと本を読んでいるような暗い男だったがな」
「私はヴァロワ大将とは本部に居る頃に一緒に仕事をしたことがありますが、頭の回転の速い人だと思いましたよ。語学も堪能ですしね」
「ああ、それだ。士官学校の頃も何かを原書で読んでいたんだ。だから、変わってる奴だと皆が噂していた。あまり人と交流も持たないから、人脈形成とか下手だろうし、そんな人間がよくロートリンゲン家と……と思ったものだが」
「ロートリンゲン大将や宰相と懇意なのはよく知りませんが、元帥には気に入られていたようですよ。まあ、生真面目な方ですし、元帥はそうしたところを評価したのかもしれません」
「そうなのだろうな。元帥も曲がったことの嫌いな方だったらしいな。ところで、その息子達――ロートリンゲン大将もそうなのか?」
「ええ。フォン・バイエルン大将にもびしりと指摘するので、此方がひやひやしますよ。正鵠を射たことを言っていますがね」
   フォン・バイエルン大将の顔色が、みるみる変わっていく様を何度も眼にした。これは見物だ――と内心では思ったが、今の軍の状況下では、彼等全員を敵に回すのは得策ではない。そのため、ロートリンゲン大将に妥協するよう求めることもしばしばある。だが、話の筋や理屈が通っているのは、ロートリンゲン大将の方なのだが――。
「……ヴァロワ大将と同じだな」
「加えて宰相も。穏やかそうに見えて、不条理なことは徹底的に追求する方ですから」
   ウールマン大将は笑った。私も面白くなってきた。こんな風に、上官達のことを話すのは初めてだった。同時に珍しいな――と自分で思う。あまりこうしたことは他人と話すべきことではないことは解っているが――。

   ウールマン大将は話しやすい人物なのだろう。支部ではきっと上手く部下達を取りまとめていたに違いない。気さくで、対等に人と向き合うことの出来る人物――。おそらく実戦での実力も見事なものなのだろう。だからトニトゥルス隊が、彼に従った。
「融通の利かない人間が上に立つと下はなかなか苦労する。……だが、卿の話を聞くからに、本部も相当面白い場所となってきたようだな」
「ええ。以前の本部では辟易していましたが、今の本部には少し面白味があります」
「それを聞いたら、気が楽になったかな。参謀本部の雰囲気はあまり良くなくてね。私を本部に呼んだヴァロワ大将を恨みたくなっていたところだ」
「ロートリンゲン元帥が退職なさってから、陸軍はフォン・シェリング大将が一手に掌握してきたと聞いています。今はまだ彼の勢力が残っていますから……。今年、大将が3名退職しますから、来年にはまた勢力図も変わってくるでしょう。ヴァロワ大将にとっても、今はきっと、ウールマン大将の存在が安心材料なのだと思います」
   ヴァロワ大将がウールマン大将を抜擢した理由が、何となく解った気がする。それに今度参謀本部に来る大将達も間違いなく、実力を兼ね備え、守旧派と一線を画すような者達だろう。ヴァロワ大将がそういう人材を配置するに違いない。
「此方としてはヴァロワ大将の手腕に期待したいな。明日は陸海合同での会議があるだろう。守旧派と論戦となるだろうが、少し楽しみだ」
「副官の身としてはひやひやしますよ。正論でも、急激な変化を求めると反発も大きいですから」
「成程。若い分、突っ走る傾向があるか。だから、卿を副官に求めたのだろうな」
   ウールマン大将に言われて、傍と気付いた。ロートリンゲン大将はただ単に功績だけで副官を決めた訳ではない。経験が浅いから――とあの時頻りに言っていた。
   あれは、急進的だということを自分自身でも解っていたのだろう。では私が比較的中立の立場だと何故、解ったのだろうか――。
   まさか、これまでの私の経歴をみただけで解ったというのか――。



「ヘルダーリン大将。明日の会議の打ち合わせをしたいのですが、少し時間を割いてもらえますか?」
   休憩を終えて長官室で仕事をしていたところ、奥の執務室からロートリンゲン大将がやって来て私にそう言った。
「解りました。いつでも構いませんよ」
「では今から執務室に来て下さい」
   ロートリンゲン大将は高圧的な人物ではない。たとえ反論しても、此方の話を最後まで聞いてくれる人物だ。私の反論をよく吟味したうえで、さらに彼なりの論を展開させる。旧領主家出身でありながら、非常に民主的な思想の持ち主で、此方が感心する。
「……という路線では強硬すぎますか?」
   説明を終えてから、ロートリンゲン大将が意見を求める。彼らしい論で、理想ではあるが――。
「そうですね。長官の案には賛成しますが、細部の事案については、各部署に任せましょう。そうした方が、彼等にとっても息が抜けます」
   ロートリンゲン大将の案を丸呑みすることは、決して悪いことではない。むしろこの国のためには良いことだと思う。だが、本来あるべき道から逸れすぎた現状にあっては、他の者達の反論に合ってしまう。ただでさえ、長官となって間もないために、他の大将達の信頼をまだ得ていないのだから。
   ロートリンゲン家ということをもっと前面に押し出していけば、彼等を屈服させることも出来るが、それはおそらく彼のやり方にはそぐわないだろう。彼らしい道を歩ませるためにも、今はまだ土台固めをする必要がある。
   打ち合わせを終えると、ロートリンゲン大将は資料を纏めてから言った。
「ヘルダーリン大将がいらっしゃらなければ、私は大将全員を敵に回しているでしょうね」
   やはり――、ロートリンゲン大将は解っていたのだろう。私が中立的な考えを持つ人間だと。だからこそ、私を副官に起用した。
「長官のお考えはこの帝国においては、珍しく民主的なのです。ですが、この帝国もそろそろ少し国民に開けた方が良いと私も思います。ただ、急進的な手法はどうしても守旧派の攻撃を受けてしまいますから、漸進的であるのが宜しいかと」
   とはいえそれも難しいことだ。守旧派は僅かな変化をも嫌う。彼等にばかり気を取られすぎると、何も出来なくなる。

   それにしても彼を見ていると、期待したくもなるものだった。海軍を変えてくれるのではないか――と。そしてその期待通り、様々な策を打ち出していく。急進的すぎるものも確かに多いが、私は評価したいと思う。これまでになかった新風を巻き起こしてくれたのは、確かなことだ。
   そしてきっとこれからも――。


[2011.4.12]
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