検査を終え、一日だけ医師に外出許可を貰い、軍服を纏って軍務省に赴いた。軍服を着るのは今日が最後となる。
   軍務省に到着してからは、リューク中将が車椅子を押してくれた。人事委員会に出向き、その場で長官の職名章を返却する。委員長はそれを受け取ってから、名誉職となる上級大将としての称号証を私に手渡した。
   受け取ってからそれに視線を落とす。
   上級大将の文字が無かった。その代わりにあったのは――。

「委員長。これは……」
   元帥の称号が付せられていた。退職時の二階級特進は既に廃止された筈だった。
「ヴァロワ大将には建国に際し、多大な御尽力をいただいたことから、議会が元帥称号を承認しました」
「議会が……?」
「おそらくこの国において最初で最後の元帥となるでしょう。ヴァロワ大将、どうか異議を唱えないで下さい。それに軍務省の方から話があると思いますが、国際会議から依頼がひとつ来ているのです」
   国際会議から依頼――?
   訳も解らず、兎に角、軍務省に行くと、全員が敬礼して出迎えた。今日、長官に就任したブラマンテ大将までもが敬礼して私の前に立つ。座ったままだったが、敬礼でそれに応えた。
「元帥閣下。私は非常に残念です」
   元帥閣下――何だか呼ばれ慣れない。ロートリンゲン元帥もそうだったのだろうか――ふとそんなことを考える。
「私は自分が元帥となったことの方が意外だ」
「私達は当然のことと思っています。閣下はそれだけの御功績を残されましたから……。それに元々閣下は上級大将でいらっしゃったではないですか」
「その称号は剥奪されたのだし、軍に復職する時も大将として戻ったから関係の無いことだ」
「復職の際、閣下が御辞退なさらなければ上級大将でしたよ。……長年の任務、お疲れ様でした」
   ブラマンテ大将は最敬礼する。ありがとう――彼の労いの言葉をありがたく受け取ると、リューク中将が花束を手渡した。一斉に拍手が喝采する。
「皆、ありがとう。辞職に際して、充分に周知する期間もおかず、申し訳無かった。今後はブラマンテ長官の許で一丸となって任務に取り組んでくれ」
   ぴしりと全員が背を正して敬礼する。それから、ブラマンテ大将の執務室へと向かった。国際会議からの依頼というのは一体何なのだろう。

「実は、監査委員の話が持ち上がっているのです」
「監査委員……? 以前、共和国のマームーン大将が当たっていたものか?」
   国際会議常備軍の司令官会議の決議について、行きすぎた決議ではないか審査する委員会が設けられていた。その監査委員に就任しないかという話があるらしい。
「御存知の通り、現役軍人以外から国際会議で任命されます。監査委員会は非常時を除いては、年に一度の委員会開催のみ。軍を率いることはありません。国際会議参加各国が一名ずつ任命し、国際会議での承認を得ることになります」
「……私を委員にとは誰が言い出したことだ?」
「アジア連邦外務長官フェイ長官です。フェイ長官も監査委員ですから……」
「フェイ長官か。成程。いつもながら手回しが素早いな」
「私も賛成しております。海軍長官も」
「私に拒否権は?」
「出来れば行使していただきたくないのですが」
   結局、監査委員の指名を受けることになった。まあ、年に一度の会議なら負担にもならないだろう。


   話を終えて病室に戻るとフィリーネが待ち受けていた。
「お疲れ様でした」
   いつになく丁寧に私に労いの言葉をかける。
「22歳から勤めて38年。色々あったが、そのなかで得たことも大きかった」
   それらひとつひとつのことが、無駄にはなっていないだろうと思う。月並みなことだが実感する。今の自分があるのはそうした積み重ねがあってのことだと。
   そして何よりも――。

   フィリーネと向き合い、それから称号証を手渡す。これは何――とフィリーネは言いながら文字を見つめた。
「え……? 元帥に……?」
「ああ。異例の特進だ。それから、国際会議常備軍監査委員の指名を受けた。年に一度だけ留守をすることになる」
「ジャンを必要としていることは沢山居るということね」
「それはどうかな。厄介ごとを持ち込まれた気もする」
   笑って言ってから、車椅子からベッドに腰掛ける。右足を持ち上げようとすると、フィリーネが足を持ち上げて、ベッドに乗せてくれた。
「ありがとう」
「まずは足を治してね、ジャン。監査委員のお役目を引き受けるとしても、足を治してからよ」
「ああ」
   フィリーネや子供達、それに志を同じくする仲間達が居るからこそ、此処まで辿り着いたのだと思う。



   その後、義足を元の状態に戻すのにふた月かかった。しかし、リハビリに励んだ甲斐あって、それまでのように歩けるようにはなった。
   退院してからは、安穏とした日々が待ち受けていた。書類に追われることもなく、日がな読書や庭の手入れ、子供達との会話で一日が終わる。子供達が学校に行っている時間は、フィリーネと談笑することもあった。私達は新婚時代にそうしたことが出来なかったため、今漸くそのための時間を手に入れたかのようだった。
   また、時々、ザカ少将――ウィリーもやって来た。ウィリーがやってくると、息子のウィリーも喜んだ。どうやら兄が出来たように思うらしい。ウィリーが来た時には食事を共にして、談笑を楽しんだ。


   そして、私の危惧していたとおり、義足はもう酷使できる状態ではなかった。長時間歩くと、突然激痛が走ることや、動けなくなることもある。そのため、外出時には杖を携帯するようになった。
   尤も、それ以外には日常生活上、支障は無かった。子供達の成長を見ながら、長閑な生活を送る。これまでの生活が如何に慌ただしかったかが、よく解った。今の生活は穏やかで、充実していた。

   庭に咲く花で、季節の移ろいを感じ取る。そしてその花々は、フィリーネがいつも手入れしてくれていたものだった。
「フィリーネ、この花を植え替えるのか?」
   この日、フィリーネは子供達を送り出してから花の植え替えを始めた。声をかけると、フィリーネは頷く。
「この前、エミーリアさんから頂いたの。珍しいお花なのですって」
   土を掘り返すフィリーネに、手伝おうと告げて、スコップを手にする。
   独身の頃は雑草しか生えていなかったこの庭が、いつのまにか色とりどりの花が咲くようになっていた。
「そっと植え替えてね、そっと」
   言われた通り、細心の注意を払いながら、花を植え替える。側からフィリーネが水を注ぐ。若い頃の私なら、退屈だとでも思っていただろうが――。
   今は、こんな長閑な時間が、とても大切なものに思える。
「ジャン?」
「いや……。次の花を植え替えようか」

   幸せを噛み締める。
   この時間が出来るだけ長く続くよう、心の中で密かに願いながら――。


【End】


[2010.12.20]
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