結婚を機に、フリッツやミクラス夫人達が、旦那様、奥様と呼ぶようになった。相変わらず仕事は忙しく、国内外を動き回る毎日だったが、休暇が取れれば、エミーリアと出掛けた。
   結婚式の時に、ヴァロワ夫人と顔を合わせたエミーリアは、ヴァロワ夫人と瞬く間に懇意になった。年齢が近いことで、話も合うらしい。今後も公私ともにヴァロワ卿とは長い付き合いになりそうだ。


   この日もヴァロワ卿の自宅に招かれた。独身の頃のヴァロワ卿のことはもう想像できないほどに、ヴァロワ卿は家庭的な人間となっていた。仕事が忙しくとも帰宅するし、本で埋め尽くされていた部屋は、子供達用の絵本や玩具に取って代わっている。
「あれだけあった本は処分なさったのですか?」
   問い掛けると、ヴァロワ卿はまさかと笑いながら応えた。
「倉庫を増築して、其方に収納した。これ以上増えたら、屋根裏行きだな」
「増築なさったとは知らなかったですよ」
「裏側だから正面からは見えないだろう。このリビングより少し広いぐらいの部屋だ。尤も可動式の書棚を置いてあるだけだが……。ゆくゆく子供達に煙たがられるようになったら、その部屋に引きこもるのも良いな」
「気の早い話を。ミリィもまだ生まれたばかりではないですか」
「女の子が父親と良い関係を築けるのは、10年か15年らしいぞ。中将が言っていた」
「まだ先の話ですよ」
   そう応えた時、側に置いてあったベビーベッドでミリィが愚図り始めた。ヴァロワ卿は立ち上がり、ミリィを抱き上げる。去年生まれたばかりで、壊れてしまいそうなほど小さいが、ヴァロワ卿の子供を抱く手つきは慣れていた。ミリィは今度は嬉しそうな声を上げる。
「ハインリヒもそろそろ子供をと望まれているのではないか? 後継ぎの問題があるだろう」
「まあこればかりは時期を待つしかありませんし」
「私の希望としては、女の子が良いわね」
   ダイニングに居たエミーリアとヴァロワ夫人が戻ってくる。ヴァロワ夫人はケーキを、エミーリアは取り皿の乗った盆を持っていた。
「女の子か。邸のなかが華やぎそうで良いが、ロートリンゲン家はこれまでずっと男続きだ」
   エミーリアとヴァロワ夫人は知らなかったようで、驚いたような顔をした。ヴァロワ卿はそういえばそうだなと改めて気付いたような顔をする。
「女の子は二代目か三代目以来、生まれていない。全員、男だ」
「……そんなに長い間、男ばかりだったのか?」
「ええ。しかも一人息子ばかりですよ。父の代ではじめて男の兄弟を設けたと聞いています」
「貴方みたいに男の兄弟って、旧領主家では珍しいって聞いてるけど……」
「ああ。周囲が皆、驚いたというからな」
「旧領主家に限らず、二人目が出来るという自体、稀ではあるぞ。出生率は未だ伸び悩んでいるというからな」
   軍のなかで二人子供の居る家庭は数えるほどだ――と、ヴァロワ卿は言った。そういえばそうだ。レオンもテオという弟が居るから、そんな風には思わなかったが、周囲を見渡してみると兄弟が居ること自体が稀なことで――。
「でも私達も二人欲しいわね。ウィリーとミリィみたいに男の子と女の子を」
「そうだな」
   そんな話を、ヴァロワ夫人の作ってくれた菓子を味わいながら交わし、陽が暮れる前に帰途についた。


「とても仲の良い夫妻ね。ヴァロワ卿も優しい旦那様だし……。陸軍長官だって言うから、もっと厳しい方かと思ってたけど」
「ヴァロワ卿は温厚な方だ。仕事には厳しいがな」
「ウィリーやミリィも明るい良い子だから、本当に理想的な家庭ね」
   車中で、エミーリアと他愛の無い話を交わしていた。ヴァロワ卿の家庭は確かに羨ましいぐらいに全てが上手くいっている。俺もあんな家庭を築きたいものだな――そんなことを考えていた時、エミーリアが突然、気持悪いと言い出した。
「酔ったのか?」
   車酔いなど珍しい。すぐに車道の脇に車を停めて、外の空気を吸わせた。
エミーリアはその場で嘔吐した。いつも元気なエミーリアが酷く体調が悪そうで、窓を全開にし、速度を落として屋敷に戻った。


   翌日のことだった。
「え……!?」
「妊娠ですって。気持悪いのは悪阻だって言われたわ」
   まだ結婚して一年も経たない時期での妊娠に、俺は驚き、一方で使用人達はこぞって喜んだ。
   女の子だったら良いわね――と、エミーリアは常々言っていた。
   が、その期待に反して、男の子だと判明した。ロートリンゲン家に後継者が出来ると、皆の喜びの声が一入だった。
「次は絶対に女の子よ」
   男の子も楽しみだけどね――とエミーリアは大きくなっていく腹を擦りながら言っていた。


   そして、翌年の5月27日、奇しくもルディと同じ誕生日に、第一子が誕生した。
   期待を裏切ることなく男児で、加えて何よりも安堵したのは、母子共に健康だったということだった。
「……フェルディナント様にそっくりですよ」
   ミクラス夫人が初めて赤子を見た時、驚いた顔でそう言った。俺にはあまりよく解らなかったが――。
   第一子は、オトフリート・ユーリ・ロートリンゲンと名付けた。ミクラス夫人が言っていたように、年々、ルディに似てきた。しかしルディと違い、頗る健康な子で、すくすくと育っていった。


「ユーリ。階段で遊ぶと危ないぞ」
   一人で歩けるようになると、とことこと屋敷のなかを歩き回るようになった。少しでも眼を放せば何処かに行ってしまう始末で。
   先日もエミーリアが少し眼を放した隙に姿を消してしまって、フリッツやミクラス夫人が邸内を探し回った。ユーリは私の書斎にある机の下で、遊び疲れて眠っていたらしい。
   階段の段差をぴょんと跳ねたり下りたりしているユーリに注意をして、手を繋ぐ。今日はこれから家族三人で出掛ける予定だった。エミーリアがまだ準備を終えておらず、一階でユーリと共に待っていた。
   ユーリは私の手を放そうとする。仕方無く放すと、また階段で遊び始める。
「ユーリ。注意した筈だぞ」
   少し声の調子を落として注意する。ユーリは凝と私を見つめた。
「階段で遊んでは駄目だ。落ちたら怪我をする」
「……ごめんなさい」
   ユーリが謝ったところへ、エミーリアが部屋から出て来る。母上――と、ユーリが嬉しそうに声をあげた。



   ロートリンゲン家は年々と賑やかになっていく。それまでの家族の思い出に加えて、新たな思い出が加わっていくように――。

【End】


[2010.10.23]
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