「聞いたぞ、ジャン。先日のテロ組織捕縛の功労者だとな」
   母がリヨンに帰った翌々日、ザカ中佐から電話が入った。テロの報告書は既に本部に送られており、ザカ中佐の眼にも止まったらしい。
「叙勲の話も出ているそうじゃないか。大したものだ」
「叙勲……ですか……?」
「聞いていないのか? ……アントン中将が申請したという話を聞いたが……」
   叙勲の話など何も聞いていない。おそらくアントン中将が勝手に進めたのだろう。
「アントン中将は何もかも一人で決めてしまいますから。俺はどうもアントン中将が敷いたレールの上を歩いているようですよ」
「それはアントン中将がお前を評価しているからだろう。良い上官に恵まれたじゃないか」
「確かに良い上官ですが……。此方は休む間も無いです。そのテロが起こった時も私は休日で、偶々駅に行っていたのですから」
   あの時の状況を話すと、ザカ中佐は興味ある様子でそれに聞き入っていた。俺自身、何度あの時のことを思い返しただろうか。そのたびに背筋が冷たくなる思いがした。
「銃をつきつけられる経験など無かったですから……。後になって考えてぞっとしました」
「よく冷静な判断が出来たものだ」
「頭が真っ白になっていたのですよ。どう対処するかということしか考えられなくて……」
「大物じゃないか」
   ザカ中佐はそう言って笑い、兎に角無事で良かった――と言ってくれた。
「噂では叙勲申請は通りそうだ。受け取る時には本部に来るだろう。その時に会おう」
   ザカ中佐の近況も聞いてから、電話を切った。それにしても叙勲と言われてもまったく実感が湧かなかった。何よりも、アントン中将がそのような申請を行っていたことも俺は知らなかった。
「遠い帝都のザカ中佐の方が知っているとはなあ……」
   本部の情報網は俺が考えていた以上に素早いものだった。





「今後も君の働きに期待する」
   ザカ中佐から聞いていたことではあったが、本当に勲章を得ることになった。アントン中将からその話を聞いたのは一週間前のことで、アントン中将と共に本部に赴くことになった。
   陸軍長官から激励の言葉と共に勲章を受け取る。敬礼で応えると、陸軍長官は満足げに頷いてアントン中将に向き直った。
「優秀な部下を持って頼もしいことだな、アントン中将」
「ええ。ヴァロワ大佐には今後も頑張ってほしいものです」
「まったくだ。尤もこれは若手全般にいえることだが……」
「本部の若手は如何です?」
「優秀なのはぽつりぽつりと居るが、今ひとつ覇気のない者が多い」
   陸軍長官とは初めてこうして顔を合わせた。アントン中将とは旧知なのだろうか。アントン中将自身は終始親しげに話を交わしていた。

「陸軍長官とは同期でな」
   長官室を退室して廊下を歩いていると、アントン中将が何気なく言った。
「悪い人間ではないが、押しが弱い。まあ、上になる人間はそういう者が多いが」
   アントン中将はそう話しながら、階段を下りていく。何処に行くのだろう――と思いながら、後をついていった。
「そういう意味で、君が少し頑固なのが気になっている。将官となったら少しは他人と協調することを覚えなくてはならんぞ」
   協調性が無いとは軍に足を踏み入れてから言われ始めたことだった。高校の頃までは友人も多く、協調性が無いと言われたこともない。そう考えると、ほとほと俺は軍の体質に合っていないのではないかと思う。
「さて、特務派の事務局に立ち寄ってから帰ろう。あちらに依頼してある資料があるんだ」
「特務派の事務局ですか……?」
   それはザカ中佐の居るところだった。驚いて聞き返すと、アントン中将は興味があるのかと此方を見て言った。
「あ……。そういう訳では……」
「あちらは体力自慢のエリートが揃っている。特務派でも良いが、どちらかといえば軍務局本部か参謀本部に……と私は思っているのだがな」
「……正直に申し上げて、私は今のハノーファーが気楽です」
「若い者が気楽な道を選ぶものではない。いつでも本部に動く心準備をしておけ。……そうだな、特務派の事務局を少し見学してくると良い」
   きっとザカ中佐も部屋に居るだろう。今日の本部入りは宿泊を伴っていないから、アントン中将が資料を受け取ったら、このままハノーファーに帰ることになる。ザカ中佐と話をする時間を取れなかったが、挨拶だけは出来るだろうか――。
   そう考えながら歩き、宮殿を出て程無い場所に到着した。此処が陸軍軍務局特務派事務局のようだが、ハノーファー支部よりも新しく立派な建物だった。
「ハノーファー支部長ヴィクトル・アントン中将だ。ゲーベル少将に面会したい」
   扉の前に立っていた少尉の階級章を身につけた男が、敬礼してから、携帯電話を取り出す。どうやら厳重な警備を敷いているらしい。それでも数分と待たされることはなかった。彼は電話を終えると、扉を開け、応接室にどうぞと促した。


[2012.10.20]