頭が茫とする。何かを考えていなければ、眠りに落ちてしまいそうになる。
   眠っては駄目だ――と自分を制す。眠っては駄目だ――。
   眠ったら、きっと永遠の眠りにつくことになる。だから、眼をこじ開ける。
   あと少し――。
   多くのことは望まない。
   ただ、あと少しだけ、皆の声を聞いていたい――。


   病院で処置を受けている時から、薄々と感じていた。
   もう駄目だ――と。
   身体は指すら動かせないほど重苦しくなっていく。呼吸すらも満足に出来ない。眼が徐々に霞んでいく――。
   その時、無性に周囲が静かになったように感じた。たった一人、暗闇のなかに居るようで。
   フェルディナント様、と時折呼び掛けられる、聞き慣れたトーレス医師の声が私をほっとさせた。
   考えてみれば、処置室の外でレオンも居たのだろうに、処置を受けている最中は心細くて仕方無かった。子供でもないのに――。

   やがてレオンやミクラス夫人、フリッツの声が聞こえた。それだけで、身体が軽くなったかのようだった。ロイやヴァロワ卿の声が聞こえた時は、本当に嬉しかった。安堵した。
   こんな気分になるのは初めてだった。


   同時に察した。
   私の身体はもう、死を待つだけの状態なのだ――と。
   回復は望めない。
   こうして居られるのもあと数時間だな――と、何となく解った。

   そのことを無念とは思わない。
   悔いが無い訳ではない。だが、無念とは違う。

   今、感じているのは、そうした負の感情ではない。
   死に向かうことの恐怖や心残り以上に、今こうして皆が側に居てくれることが嬉しい。


   最後に――。
   ヴァロワ卿にロイのことを頼みたかった。ロイが素直に忠告を受け入れるのは、ヴァロワ卿だけだから――。
   しかし――、もう声が出ない。
   声を出す力が無い。


   口を動かし、ゆっくりと言葉を紡ぐと、ヴァロワ卿は私を見つめ、少しだけ笑みを浮かべてくれた。
   きっと解って貰えた――。
   もう、充分だ。



   思い返してみれば――。
   これまでにも何度か生死の境を彷徨った。
   生まれた時には、重度の先天性虚弱と言われたと聞いている。それを裏付けるように、私は子供の頃は殆ど外に出ることが出来なかった。常に邸のなかで静かに過ごしていた。私と対照的に元気に動き回るロイを羨んだこともある。

   だが、そんな私の身体が、成長するにつれて徐々に改善されていった。高校に通うことも出来た。高校からさらに進学し、大学にも行った。官吏の試験を受け、外交官となり、最後には宰相にまで上り詰めた。

   成人まで生きられないかもしれないと言われて育った身には、充分すぎるほどではないかと思う。

   周囲の人々に支えられながら、多くのことに取り組んできた。私の身体では無理だと諦めていたのに、共和国や連邦にも行くことが出来た。様々な文化にも触れることが出来た。


   何よりも――。
   多くの親友に恵まれた。
   そして、彼等と共に、この国が前進するために、少しだけ尽力出来た。そのことは私の誇りでもある。



   充分――だ。
   充分過ぎる程ではないか――。



「ルディ!」


   声が聞こえる。
   いつまでこの声を聞いていられるだろうか……。



   瞼が、重い――。



「ルディ、ルディ!」
「フェルディナント!」
「フェルディナント様!」


   私は、やりたいことをやった。
   思うままに突き進んできた。

   だから――。
   幸福な人生だったのではないかと……。
   思……。






【End】



[2010.8.31]