計器類が警報音を激しく鳴らす。降りるしかないか――そう考えた時、前方からトニトゥルス隊の車が見えた。カール中佐ともう一人、トニトゥルス隊の隊員が乗っているようだった。カール中佐の乗った車が背後の車に向かって銃を撃ち放つ。その場に車を停め、トニトゥルス隊の車に移った。
「閣下! 遅くなり、申し訳ありません」
「いや。それよりも私の車からもう少し距離を取ってくれ。エンジンに被弾して、爆発する寸前だ」
   カール中佐は驚いた顔をしたが、すぐに返事をして、車を後退させた。まさにその時だった。車が爆発したのは。
   あと少し遅ければ、私も爆発に巻き込まれていたかもしれない――そう考えるとぞっとした。
   同時に、敵がトニトゥルス隊の救援を知り、この場を走り去っていった。トニトゥルス隊のもう一人の隊員が車のナンバーを記録していく。
「閣下……。御怪我を……」
「掠り傷だ。問題無い」
   この時になって気付いたが、車の窓硝子の破片で、顔も少し切っていたようだった。だが、手の傷も顔の傷も幸いにして浅手だった。
   一方、車は大破してしまった。結婚を機に買い換えた車で、まだ一年しか乗っていない。加速の速い良い車だったが――。
   命があっただけ良かったというものだろう。
   カール中佐の車に乗り込んだ時、携帯電話が鳴った。フリッツからだった。
「旦那様。今、御車から異常を伝える警報が届きましたが……」
   車の警報が邸にも届いたようだった。状況を伝えて、車の回収を依頼する。フリッツは御無事で何よりでした――と安堵した様子で言った。
「私はこのまま本部に向かう。邸の警備は万全に整えておいてくれ。皆には外出を控えるよう通達を」
   通話を終えると、バル少佐が失礼しますと言って、傷の応急処置を施してくれた。傷口を消毒し、顔には絆創膏を、手には包帯を巻いてくれる。
それにしても――。
   何故、私の居場所が妻の実家だと解ったのだろう。
「敵について情報は入っているか?」
「今、カーティス大将閣下指揮の下、参謀本部が総力を挙げて調査しているところです。どうも……クライビッヒ中将が首謀ではないかと……」
   クライビッヒ中将は裁判によって禁錮刑が科せられた。今はまだ刑務所に居る筈だ――と考えかけて、刑期が明ける時期だと言うことに気付いた。迂闊だった。今迄そのことを失念していた。
「では……、ヴァロワ大将の身柄引き渡しを求めてくるのも道理だな」
「今は陸軍部にいらっしゃるとのことです」
「……カール中佐。本部に戻ったら極秘に調査を頼みたい」
「何でしょう?」
   カール中佐はハンドルを操りながら、此方を見遣った。
「あまり疑いたくないのだが……、私の居所を把握していたことがどうも気にかかる。今回の休暇を妻の実家で過ごすことはごく一部の人間にしか知らせていなかったことだ。敵はそれを知っていた」
「……参謀本部内に内通者が居るということですか……?」
「その可能性も否定出来ない。もしそうなら、今後の指揮も全て敵側に知られることになる。それは避けたい」
「解りました。戻ったらすぐに調査に取りかかります」
   本部に到着して、すぐに参謀本部に向かった。其処にはカーティス大将の他、ヴァロワ卿も居た。二人は今後の作戦について話し合っていた。この参謀本部の部屋には他の将官達も揃っている。各々、仕事をしている最中だが、この作戦も何処から漏れ出るか解らない。

   二人の中央にはモニターがある。会議場の図が映し出されている。折良くこのモニターはカーティス大将とヴァロワ卿にしか見えない位置にある。
   そのモニターに指を指しだし、短く文字を書き付けた。内通者がこの部屋に居る――私の指の動きにヴァロワ卿はすぐに気付き、カーティス大将も眼を見張って私を見上げた。
「ヴァロワ卿、とりあえず今は執務室にお戻り下さい。後程、作戦案を提出に伺います」
   此処で話し合うよりも陸軍長官室の方が良い――そう考えてのことだった。ヴァロワ卿は頷いて、この場を去っていく。私自身も一度執務室に行こうと思っていた。

「巫山戯るな!」
   突然、大声が聞こえて来た。見ると、海軍部の将官が三名、何やら揉め事を起こしていた。
「何をしている!」
   厳しく言い放つと、彼等は私の方を見、一礼した。そのなかの一人がやけに落ち着かない様子で俯く。
「このような事態の時に部署内で揉めるとは何たることだ」
「申し訳御座いません。閣下。しかし、ファルツ准将に疑わしき点があったので、追及していたところです」
「疑わしい点だと?」
「ファルツ准将は元は陸軍部のクライビッヒ中将の部隊に所属していました。今回、閣下が御実家に滞在なさっていることは私達しか知らない筈です。それが何処からか情報が漏れ、閣下に危険が及びました。そうなるとこの参謀本部に内通者が居ることになります。それが誰か探った時、クライビッヒ中将の元部下であるファルツ准将が一番怪しいということになるのです」
   俯いて蒼白な顔をしているファルツ准将は拳を握り締めていた。彼がクライビッヒ中将の元部下とは知らなかったが――。
「……クライビッヒ中将の元部下だったという事実だけで、彼を疑うことは出来ない」
「しかし閣下……!」
「落ち着け。エイセル准将。元上官が今回の主犯だとはいえ、その部下まで疑っていては切りがない。他にもクライビッヒ中将の部下だった者は居るのだからな」
「申し訳……ありません……! 閣下……!」
   その時だった。ファルツ准将はこの場に土下座した。
「申し訳ありません、申し訳ありません……っ!」
   まさか――と思った。騒ぎを聞きつけ、カーティス大将が歩み寄って来る。ファルツ准将は身体を震わせながら告白した。
「閣下の居所を知らせたのは私です……!」
   申し訳ありません――とファルツ准将は繰り返す。ファルツ准将は今年になって参謀本部に配属された男で、勤務態度は至って真面目で、周囲とも上手くやっているように見えた。そのファルツ准将が内通者だったのか。
「ファルツ准将。クライビッヒ中将とはどのように連絡を? 詳細を教えてほしい」
   立ち上がるように促しても、ファルツ准将は立ち上がらなかった。顔さえも上げようとしない。見かねたエイセル准将が彼の腕を引っ張って立ち上がらせる。ファルツ准将は俯いたまま、昨晩、連絡が入ったのです――と言った。
「昨晩……、自宅にクライビッヒ中将から連絡があったのです……。話したいことがあるから指定した場所に来るようにと……。私が拒むと……、妻子は既にこの場に来ていると言って……」
「……君の妻子は人質に取られたのか……?」
「すぐに指定場所に向かいました。シャルル通りの向かい側にある高層ビルです……。妻と子がクライビッヒ中将やザール少将、アコノール少将の前に居ました……。そして……、閣下の居場所を問われたのです……」
「その状況では私の居場所を告げても仕方が無いとはいえ、すぐに報告してほしかったぞ、ファルツ准将。そうすれば今回の事件にもすぐに対応が……」
「出来ませんでした……。子供が……、まだ捕らわれているのです……。妻は……妻は……っ、私が回答に躊躇している間に殺されてしまいました……」
   ファルツ准将は全身を震わせながら、涙を流した。残忍な手口に私自身も驚いた。私の居場所を知るために、部下の家族までも捕らえ、そのうえ殺害するとは――。
「エイセル准将、至急、小部隊の編成を頼む」
「え……? あ、はい」
   エイセル准将もファルツ准将の話には驚いたようで、戸惑っていた。
「ファルツ准将。エイセル准将と共に家族の救出に当たれ」
「閣下……」
「敵は手段を選ばない。部隊編成後、すぐに現地に赴き、救出しろ」
   行くぞ――とエイセル准将が促す。ファルツ准将は申し訳ありません――ともう一度謝ってから、エイセル准将と共に私の前を去っていった。
「ロートリンゲン卿」
   カーティス大将が私を呼ぶ。執務室に行くより先に、ヴァロワ卿にもこのことを報告しておかなければならない。
「クライビッヒ中将らしいやり方ですな。子供が無事であれば良いが……」
   陸軍長官室へ向かう途中、カーティス大将はそう告げた。同じことを私も考えていた。クライビッヒ中将の目的は私の居場所を探ることだった。では目的を達した今、いつまでも子供を生かしておくだろうか――。
「無事を祈るだけです」

   だが、その祈りも空しく、一時間後にエイセル准将から連絡が入った。
   ビルの中で、遺体を二体発見した。ファルツ准将の妻子だと確認した、と――。


[2013.1.27]
Back>>4<<Next
Galleryへ戻る