在りし日に



「誰かが仕組んだかのような人選だ」
   ザカ中将が苦笑混じりに俺に言う。確かにその通りだ――と俺も思う。
「そろそろ残る二人も来る頃だろう。……ああ、来たな」
   扉越しに声が聞こえて来る。ヴァロワ卿とルディの声が――。
「失礼します」
   ヴァロワ卿の声と共に、扉が開き、二人が入室する。二人ともそれぞれ手に書類を持っていた。
「海軍部と陸軍部合同で案件に取り組んでほしい――と要請があったとはいえ、まさかこんな人選になるとは思いませんでした」
   ヴァロワ卿が肩を竦めながら告げると、ザカ中将はまったくだな――と言って笑った。


   つい先日のことだった。
   軍務局の上官から命令が下った。海軍部と陸軍部合同で処理する案件がある。国際事案に関する案件だが本部に手の空いた者が居ないから、海軍部では支部の中将に任せる。君はその補佐として手伝いを担当してくれ――と。
   その支部の中将とは誰だろうと思っていると、ザカ中将だった。そのことにも随分驚いた。そして、陸軍部から担当となったのはヴァロワ卿で、おまけに外務省からの担当員がルディだった。陸軍部での外交案件がヴァロワ卿に当たることが多いのは知っていたから、ヴァロワ卿の人選はそう不思議でもないが、この案件に外務省からルディが単独で担当するとは思わなかった。
   ルディはきっと省内で認められつつあるのだろう。そういえば、ヴァロワ卿とはよく仕事が一緒になるとも言っていた。
   それにしても四人一緒とは。気心の知れた人達だから仕事はやりやすいだろうが――。
「この仕事を担当なさったということは、ザカ中将は当分此方に?」
   ルディが問う。そう尋ねるのも尤もなことだ。ザカ中将はヴェネツィア支部の支部長を務めていて、本部まで来るのに時間がかかるのだから――。
「済まないが、今日はあと二時間程で支部に戻る。が、来週の月曜から三日間、此方に出張という形で留まる予定だ」
「では……、三日間でこの案件を?」
「そういうことになる。出来れば今日中に役割を決めておきたい」
   ルディの指摘通り、三日で済ませられる案件ではなかった。そうなると、上層部から無理難題を回されたようにも思える。
「最終的な交渉は、後日、フェルディナントと私とで進めます。そうすれば、三日でも問題無いでしょう」
   ヴァロワ卿があっさりと告げる。流石だ。これぐらいのことでは動じない。
「では各人の役割を決めておこう。まず今回の案件は……」
   ザカ中将は案件の重要点を確認する。俺も昨日、確認しておいたことだった。
ザカ中将と仕事をするのは初めてだが、驚いた。ヴァロワ卿が仕事の出来る人だと思っていたのに、ザカ中将も劣っていない。支部よりは本部向きの人ではないのか――そんな風に思ってしまう。

「大佐。来週までに五年前の案件について資料を纏めてもらいたいのだが……」
   ザカ中将が此方を見て告げる。解りました――と応えると、今度はルディの方を見て、ビザンツ王国との交渉を、と切り出した。
   一時間も経たないうちに、それぞれの役割が決められる。早めに終わったから、来週の準備に取りかかろうか――とザカ中将が言った時、会議室の電話が鳴った。この場では俺が一番年下なのだから、俺が受話器を取った。
   電話は外務省からだった。ルディに代わるよう求められる。ルディは受話器を耳に翳し話し始める。どうやら、別件で会議が入ったようだった。
「申し訳ありません。緊急会議が開かれるとのことなので、先に席を外しても構いませんか?」
「今日やるべきことは終わったから構わないよ。お疲れ様」
   ザカ中将がそう告げると、ルディは安堵した様子で、手許の資料を纏めて、失礼します――と部屋を後にする。
「ジャンもあと少しで会議だろう?」
「ええ。四時から会議が」
「其方の準備に取りかかっても構わんよ」
「御心配なく。準備は終わっていますよ。会議まで来週の資料を纏めておきます」
「そうか。では大佐、君は時間は大丈夫か?」
「はい。私はあとは通常の書類整理のみですので……」
「これまで一人で資料を纏めた経験は?」
「え? いいえ、いつも上官と共に行っていました」
「では方法を教えておこう」
   ザカ中将はそう言うと立ち上がる。
   これまで誰かから仕事を教えてもらうことは無かった。いつも上官のやり方を見て覚えた。ヴァロワ卿と仕事が一緒になった時は色々と教えてもらえるが、部が違うからそう頻繁にヴァロワ卿と一緒になることはない。ミスの出来ない仕事なのに、何をどうすれば良いか、親切に教えてくれる人間は少なくとも海軍部軍務局には居なかった。

   ザカ中将は資料室に赴く。部屋の前でIDカードを取り出して読み込ませる。
「資料の並び方は知っているか?」
「海軍と陸軍に分かれて、年度順に……」
「それに加えて、外交事項、保安事項と棚が分けられている。外交案件については外務省の資料室に資料が残っている場合がある。他国が絡む案件については必ず其方も確認しておくこと。それから……」
   ザカ中将が教えてくれることは、初めて知ることが多かった。これまで調べるのに右往左往していたことも、今回教えてくれたことで全て解決する。ザカ中将は資料の在処ばかりか、資料のいくつかを取り出して、纏め方まで教えてくれた。
「何から何までありがとうございます。ザカ中将」
   資料室を出た時に礼を述べると、ザカ中将は首を横に振って言った。
「本来なら上官が教えるべきことだ。……が、海軍部軍務局では上官も自分のことしか考えない者が多い。だから教えてもらっていないだろうと思ってはいたが……。その様子だと、これまで資料の整理に時間がかかっただろう?」
「はい。いつも居残って資料を探していました」
「解らないことがあればいつでも聞きなさい。支部の電話番号は解るか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
   頼もしい味方を手に入れたようだった。資料を手に会議室に戻ると、ヴァロワ卿の周囲には先程には無かった資料が束になって積み重なっていた。
「慣れると短時間であのように資料を集められる。まあ、ジャンの場合は読む早さが人の倍以上だからな」
「早ければ早いで雑務を押しつけられますがね」
   ヴァロワ卿は資料から眼を放して肩を竦める。ザカ中将は時計を見遣ってから言った。
「それではそろそろ終了としようか」

   翌週になってザカ中将が帝都にやって来た。四人での仕事は思いの外、捗った。それに俺としては、今迄知らなかったことを見聞き出来た。ザカ中将やヴァロワ卿に色々なことを教わりながら、また時には厳しい言葉を受けながら、仕事を進めていく。これまでこんなに仕事が楽しいと思ったことはなかった。


[2011.3.30]
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