陽だまりのなかで



   一週間にわたる国際会議が漸く終わった。
   エディルネで開かれた国際会議では、今後10年間の軍事に関する協定を確認し合ったことが一番の収穫といえるだろう。
「アジア連邦はなかなか手強いですな」
   全日程を終えて、将官達と食事を共に摂っていた時、ブラマンテ大将が話しかけてきた。
「あちらは交渉が巧みだ」
「まったくです。我が国も外務省にもう少し頑張ってもらわないと」
   溜息混じりに呟くブラマンテ大将に苦笑を返す。
   向こう側のテーブルに海軍部の若い将官達の姿が見える。そのなかに、ザカ少将の姿もあった。
   今回の会議にはザカ少将も出席した。初の国際会議参加だったが、良い経験となっただろう。
「……そうだな。再来月辺りにアジア連邦と会談の場を設けようか。もう少し煮詰まった話がしたい」
「解りました。そのように整えます」

   食事を終えると、ホテルへと向かう。明日の朝の出立までは自由時間となっている。若い将官達は、これからエディルネの町に出掛けるようだった。
「長官はどうなさいますか?」
「私は部屋で休むよ」
   ブラマンテ大将は私もそのつもりです――と笑みを返す。
「この年になると一週間の会議が酷く長く感じられます」
   ブラマンテ大将は苦笑混じりに言った。彼の言う通りだ。今回は会期が長く、私も些か疲れた。
「そうだな。今回は国内での開催ということで準備もあったから、余計にそう感じるのかもしれない」
「長官もお忙しそうでしたから。しかしこれで一段落ですね」
   ああ、と応えようとした時、不意に足が縺れるような感覚に見舞われた。転びそうになる前に立ち止まる。
「長官? どうかなされました?」
「あ、いや」
   何だろう。右足に違和感を覚える。足が重いような――。
   気のせいだろうか。
   左足から先に踏み出してみる。途端に、バランスを崩した。床に倒れ込みそうになる――。
「長官!」
   倒れる寸前、ブラマンテ大将が慌てて身体を支えてくれた。転ぶことはなかったが――。
   だが――。
   右足が――。
   右足が動かない?

「長官。大丈夫ですか……?」
「済まないが……、部屋まで肩を貸してもらえるか? 右足が……、動かなくなった」
   ブラマンテ大将が驚いて私を見つめる。数秒後、解りましたと言って腕を肩にかけなおし、歩き始める。
「閣下!? どうなさいました!?」
   この声はザカ少将か。町に行かずにホテルに留まっていたのか。
「ザカ少将。すぐに近くの病院に医師の派遣を要請してくれ」
「いや、必要無い」
   ブラマンテ大将の言葉を遮る。しかし、とブラマンテ大将は眉を潜めた。
「おそらく義足が不具合を起こしたのだろう。足が動かないだけで、それ以外の異常は無い」
「長官。それならば尚更、医師の診察を受けた方が宜しいかと思います。大将閣下、すぐに医師と連絡を取って参ります」
   ザカ少将はそれだけ言うと、足早に去っていく。ブラマンテ大将に肩を借りて、部屋に行き、ソファに腰を下ろした。
「閣下。このようなことは今迄にも……?」
「いや……、初めてだ。手術を受けた時、このまま一生大丈夫だと言われたのだがな」
   右足に触れてみる。やはり感覚が無い。ただ重い鉛を引き摺っているようで――。
「私は義足に関する知識は何も無いのですが……、閣下の義足は機械制御だと聞いています。もしかしてそれが不具合を?」
「おそらくそうなのだろう。神経と電子回路を繋いであるから、自分の足とまったく変わらない。これまで不自由を感じたことは無かった」
   そうだ――。
   これまで一度も無かった。戦闘時でも、不便に感じたことはない。
   それが何故急に――。

   20分程経った頃、部屋の扉がノックされた。ブラマンテ大将が応答する。ザカ少将と共に医師がやって来た。
「エディルネ第3病院のカール・グリームです」
「急に呼び出して済まない。実は義足が急に動かなくなってしまった」
   事情を話し、グリーム医師に足を診てもらう。彼の手で、曲げたり伸ばしたりを繰り返されたが、まったく感覚が無かった。
「この種の義足が動かなくなることは無いのですが……。定期検診には行かれていますか?」
「ああ。年に一度、国立第七病院に微調整も兼ねて検診に行っている。三ヶ月前に行ったばかりだが……」
   年を取ると身長も変化してくる。この義足はそうしたことにも対応出来て、一年に一度の定期検診の折に左足の変化に合わせて、調整をしてもらっていた。
「何らかの原因で回路に不具合が生じたのかもしれません。すぐに入院なさって、詳しく検査なさった方が宜しいかと思います」
「……解った。やはりこの場では治らないのだな?」
「脱着出来ないタイプの義足ですので、回路に障害があった場合、麻酔をかけての手術となります。まずは原因を究明しなければなりませんので……」
「そうか……。では戻ったらすぐに主治医の許に行こう。とりあえずは杖で対処する」
「閣下。出来ればすぐにお帰りになり、病院に行っていただきたいと思っております。それが御無理なら、車椅子での移動をお勧めします。もし回路上の不具合だった場合、これ以上の悪化を防ぐためにも……。右足に強い衝撃は禁物です」
   医師は既に車椅子を用意してあった。仕方無くそれに従い、車椅子を使うことにした。
   よりにもよってこんな時に――。
   会議が終了していることが唯一の救いか――。

   医師が去ってから、ブラマンテ大将とザカ少将に礼を述べる。そして、彼等に休むよう促した。
「長官。何かとご不便でしょうから、今日は私が付き添います。大将閣下、宜しいですか?」
   ザカ少将がブラマンテ大将に告げる。そうしてもらえるとありがたい――とブラマンテ大将は返した。
「大丈夫だ、ザカ少将。まったく動けない訳ではないのだから、そう心配しないでくれ」
「長官のご迷惑でなければ、付き添わせて下さい」
   結局、今日一晩、ザカ少将が私の部屋で世話をしてくれることになった。


[2010.12.5]
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