過去ありてこそ〜再会



   リューク少将からの連絡で、ミリィが此処に来ていると聞いた時には驚いた。
   私に会いたくて探し回っていたという。そうなると叱るに叱れないではないか――。

   一階のフロアに下りると、広報部の大佐と幼稚園の先生達が慌てた様子で言葉を交わし合っていた。庭の方を探してみましょう――と広報部の大佐が提案する。きっとミリィを探しているのだろう。
「シュスラー大佐」
   少し離れたこの位置から呼び掛ける。シュスラー大佐は振り返って、敬礼した。側に居た幼稚園の先生が、ミリィ、と呼び掛ける。
「長官。その子をどちらで……? ずっと探していたのですが……」
「済まない。娘が迷惑をかけてしまった。二階のフロアに居たところを、リューク少将が保護してくれたんだ」
「……長官の御子様だったのですか……!?」
   シュスラー大佐は驚いた顔で私を見つめた。そうだ、済まない、ともう一度謝ると、いいえ、と返す。幼稚園の先生も驚いた顔をしていた。
「済みません。娘が御迷惑をおかけしました。……ミリィ、先生にきちんと謝りなさい」
   ミリィは先生の方を見、ごめんなさい、と小さな声で謝った。
「私がずっと帰宅していないものだから、会いたくて探し回っていたようです。シェスラー大佐、この子は奥の階段を上って二階のフロアまでしか行っていない。充分、注意しておいたから許してもらえないか?」
「きちんと子供達を見張っていなかった私にも不手際のあったことです。どうかお気になさらず」
   ありがとう――と礼を述べると、子供達が騒いでいることに気付いた。ミリィのお父さんって本当に軍人だったんだ――と囁く声が聞こえる。
   ミリィをその場に下ろそうとすると、ミリィは確りと抱きついていて離れなかった。
「ミリィ」
「本当に……、本当に、帰ってきてくれる?」
「ああ、約束する。だから、お前はちゃんと先生の言うことを聞きなさい」
   そう告げると、ミリィは漸く手を放した。寂しそうに私を見上げ、約束よ、と告げる。
「解っている」
   先生が、見つかって安心しました――とミリィの手を取って言った。
「本当にご迷惑をおかけしました」
「……あの、ミリィのお父様……ですよね」
   確認するように、先生が尋ねる。このような子の父親にしては、私が年老いているからだろう。
「はい。妻のフィリーネから幼稚園の話はよく聞いています」
   フィリーネの名前を出すと、先生は納得したような顔をしながら、意外そうな表情も垣間見せる。家族四人で居ると、私がフィリーネの父であり、ミリィの祖父であるかのように見られることがある。フィリーネとの年齢差からもそれは仕方の無いことだが。

   ミリィが園児達の輪に入ると、園児達が一斉に、本当に軍人なんだ――と声を掛けてきた。そういえば、ミリィの通っている幼稚園は官吏の親は居ないと言っていたか。会社員や自営業者ばかりだとフィリーネが言っていた。だから珍しいのだろう。
   先生達が園児達の人数を確認してから、軍務省を去っていった。ミリィは何度も振り返って手を振った。


「軍服姿で父親の顔が見られるとは思いませんでした」
   不意に背後から声をかけられる。ハインリヒが其処に居た。
「戻って来たのか」
   ハインリヒは国際会議への出席で、先週から共和国に出張していた。そういえば、今日が帰国予定日だったか――。
「ええ。たった今、戻りました。子供達が居て驚いていたところ、ヴァロワ卿とミリィの姿が見えまして」
「そうか。幼稚園の見学だったらしい。……で、うちの娘がふらりふらりと単独行動をしてしまってな」
   ハインリヒは苦笑した。言った通り、戻ったばかりなのだろう。手には鞄がある。
「大方、ヴァロワ卿を探していたのではありませんか? 会いたくて」
「……よく解ったな」
「仕事仕事でいつも帰宅しない父親に、娘が満を持して会いに来たのでしょう」
「……そういうお前も似たような状況だろう」
「ええ、まあ。テーマパークに行くという約束を守らなかった罰として、今度の休暇にマルセイユに連れて行くことを約束させられました」
「子供はテーマパークが好きだからな。年に一度は必ずせがまれる」
   ハインリヒは笑って、大人は体力を消耗するだけなのですが、と言った。
「ですが、マルセイユならば此方も少しのんびり出来るかと。それで、ヴァロワ卿のご家族も御一緒にどうかと思っているのですが……」
「休暇というと、来月中旬の休暇か? 予定は無いしありがたい申し出だが、私達まで押しかけては大人数になるだろう」
「部屋はありますから。それにウィリーやミリィと一緒だと、ユーリも喜びます」
   ハインリヒの息子のユーリは、ミリィより三歳年下の二歳で、ウィリー達と仲が良い。フィリーネがハインリヒの妻と懇意にしていることもあって、幼い頃から三人でよく遊んでいる。
「ありがとう。では甘えさせてもらう」
   子供達は喜ぶだろう。休暇に何処かに連れて行ってと、せがまれていたところだった。きっと喜ぶことだろう。

   ハインリヒと共に階段を上がり、私は長官室へと戻った。時計は午後四時を示していた。机の上には相変わらず、書類が積み重なっている。このぐらいの量なら、今週末には何とか帰宅出来るだろう。
『ずっと、帰ってきてくれないんだもん……!』
   ミリィの言葉が頭に残っている。車での通勤なら何とか帰宅出来るが、私一人が権利を独占しているような気がして、一昨年にそれを辞めた。それからは地下鉄を使って通勤しているが、終電に間に合わず、宿舎に泊まり込むことが多くなっている。今回のように忙しい時期は週末さえ潰れてしまうから――。
「済まないが、今日は早めに切り上げて帰宅する」
   長官室に所属する面々にそう告げると、少将も准将も解りましたと応えた。リューク少将は微笑みながら、言った。
「その方が宜しいですよ、閣下。お子さんも喜びます」
「此方は遊んでいる訳ではなく仕事なのだが……。まだ小さくて解らないのだろうな」
「女の子は大きくなったら生意気になって離れていきますよ。私も娘が居ますが、偶の休日に家庭サービスしようかと思っても、娘は既に友達と出掛けてしまっていますから」
「君の娘はもう大きいのか?」
「今年高校に入りました。私は入省してまもない頃に結婚したので」
   きっとリューク少将は私の娘がまだあんなに小さいことに驚いただろう。側に居たビアホフ准将が娘さんはおいくつですか、と私を見て尋ねた。
「5歳だ。結婚が遅かったものだから、この年になって子供が出来てね」
「確か……、男のお子さんもいらっしゃいましたよね」
「ああ。上が男の子で7歳、下が女の子なんだ」
   聞いたところ、准将にも男の子が居て、もう10歳になると言う。少将は38歳、准将は35歳、私より二人とも随分若い。今、此処に居ない中将は私より一つ年上だが、彼の娘は既に結婚していて、去年、その娘に子供が生まれた。つまり、孫娘が居る。
   私の年では孫が居てもおかしくないということだ。


[2010.10.27]
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