共闘



「第1艦隊は後方に下がり、第3から第5艦隊は西方、第6艦隊から第8艦隊は東方に進路変更。湾を包囲する」
「ロートリンゲン大将。司令部からの命令がまだ下りていない。艦隊を動かすのは……」
「司令部は必ず敵を海に追い込む。海への艦隊配置はそのためのものだ。卿等はただちに私の命令を遂行してくれ」
   第1艦隊艦長――合衆国所属のバーロウ大将が此方に敬礼する。不本意そうな表情だが仕方が無い。今回、作戦遂行の全権者の選ばれたとはいえ、旧帝国の軍人で、おまけに司令官のなかでは一番年下の俺の命令を聞くのは気に入らないということもあるだろう。
   だが、必ず司令部は敵の全勢力を海に追い込む。
   ヴァロワ卿なら、そうする。敵に逃げ果せたと思わせて、油断させる――。

「陸上部隊は隊列を崩さず後退を。海上全艦隊はロートリンゲン大将の指揮に従い、艦を配置」
   通信モニターからレオンの声が届く。此方の命令を後押ししてくれたのだろう。そしてやはり思った通りだ。ヴァロワ卿は敵を海に追い出そうとしている。

「閣下。艦隊の陣形が整いました」
   側に控えた中将が敬礼と共にそれを報告する。
「解った。各隊、このまま待機」
   もう少しだ――。
   もう少しで敵の一団が船を動かす。海上ルートへの逃げ道しか、彼等には残されていないのだから――。


   一時間が経った。船影は何処にも無い。
   流石に敵も用心したということか。これは持久戦になりそうだ。


   さらに一時間が経過する。第1艦隊のバーロウ大将が痺れを切らして、逃げられてしまったのではないか――と問い掛ける。同じく合衆国所属の第5艦隊艦長マクファーレン大将も、陸戦部隊に陸上での掃討作戦に乗り出すよう要求し始めた。
「敵は必ず海に現れる」
   必ず現れる――俺はそう確信していた。それに、レオンから作戦変更の指示も出ていない。ヴァロワ卿からも連絡が無いということは、陸にも動きは無いということだろう。
「私を信じて従ってくれ。全責任は私が負う」
   常備軍として初めての任務だった。各国が名だたる将を集めているといっても、互いの力量のことは解らない。
   今回は自分の力を示す好機ともなるし、ひとつ間違えば、信頼を失うことにもなる。
   俺には自信がある。敵は必ず、海上に現れる。それもおそらく、あと一時間ほどで――。


   常備軍のうち、海軍は我が国と連邦、そして合衆国の将官で構成されている。十分ごとに通信をいれてくるのは合衆国だった。連邦の将官は静かに此方の指示に従ってくれている。おそらく第3艦隊を率いるクルギ大将が他の将官を抑えてくれているのだろう。


「閣下! 港湾に船影有り! これは……、潜水艇です!」
   やはり――。
   潜水艇で逃走するつもりだったか。おそらく潜水したまま逃走しようとして断念したのだろう。既に此方も潜水艦を待機させていたのだから。
「敵が港から5キロ離れたところで、包囲する」
   敵はもう逃げ道が無いことを悟った頃だ。海上を浮上したまま、攻撃を仕掛けてくる筈――。
「敵艦より熱源探知!」
「迎撃開始!」


   敵の制圧に一時間とかからなかった。
   出来るだけ敵を捕縛したかったが、潜水艇に乗り込んでいた者達18人の死亡が確認された。陸上で戦っていた人数からすると、随分少数ではあったが、潜水艇に乗り込んでいた18人は、その容貌からするに組織の代表者と幹部のようだった。


「卿の慧眼には畏れ入った。度重なる失礼を謝罪する」
   戦闘を終えてから、バーロウ大将が通信モニターを通じてそう言った。どうやら、俺のことは認めてもらえたようだ。
「此方こそ、作戦中は命令口調で失礼しました。バーロウ大将」
「……ああいや。ではまた後程、臨時本部で」
   バーロウ大将は面食らったような顔をして、それから通信を切った。側に控えていた中将が苦笑と共に、閣下は丁寧な方だ――と告げる。
「無闇に敵を作りたくないだけだ」
   そう応えると、中将は笑ってそれもそうですね――と応えた。通信士が此方を見て、本部より入電です、と告げる。
「全艦隊に帰還命令。艦隊司令官は本部へと」
「解った。当艦も帰還する」



   港から車で20分の場所に設けられた臨時作戦本部には、レオンと陸軍各部隊の司令官が控えていた。第1艦隊のバーロウ大将も既に到着している。空いている席に腰掛けて他の司令官の到着を待っていると、10分程で全員が集まった。
「各司令官がた、お疲れ様でした。国際犯罪組織総勢名294名、うち18名は海上にて死去、残る276名は陸軍司令官がたの御尽力の許、捕縛することが出来ました」
   レオンは全員の顔を見ながら、そう報告する。今回の任務は常備軍として初めての任務でもあり、また近年、各国の反政府組織に加担しながら暴動を繰り返す組織を殲滅出来たことは、大きな成果といえるだろう。
   各司令官がそれぞれ報告をしていき、その場で解散となる。総司令官であるレオンに全員が敬礼し、各々が退室する。


「鮮やかな陣形だったな」
   ヴァロワ卿に挨拶をしてから艦に戻ろうと思い、部屋の外で待っていると、程なくしてヴァロワ卿が出て来た。俺を見て労いの言葉と共にそう告げる。
「ヴァロワ卿なら必ず海に誘い込むと思い、敢えて陸に近付かず離れた場所で待機していました」
「却って艦隊が陸から見えると、敵が四散しただろうからな。私もハインリヒなら陸に近付くまいと確信していた」
   顔を見合わせて笑う。ヴァロワ卿とはこれまでに一度だけ、こうして共に戦ったことがあった。今回、戦っている最中はその時の感覚を思い出すかのようだった。
「今回の勝利は御二方の御尽力あってこそでした。お疲れ様でした、ヴァロワ大将、それにロートリンゲン大将」
   扉が開いてレオンの姿が見えたと思ったら、レオンは側に歩み寄ってそう言った。レオンは公の場では俺のことをロートリンゲン大将と呼ぶ。今は解散となったとはいえ、まだ他の将官が側に居たから、言葉に気を遣ったのだろう。
「いいえ。海軍に至っては、アンドリオティス大将の命令が無ければ、隊を乱すところでした」
「……合衆国海軍か。このたびの戦闘で、ロートリンゲン大将の力も解っただろうから、今後はすんなり事を運べると思うが……」
   気にかけることは無い――とレオンは言う。横合いからハッダート大将が言い添えた。
「バーロウ大将は話の解らない方ではありませんよ。少し保守的で頑固なところはあるが、話せば解る方だ。ロートリンゲン大将の力量も、今回のことで解ったでしょうしな。……しかし見事な指揮でした」
   評価に礼を述べる。ハッダート大将は失礼、と言ってこの場を少し離れた。電話がかかってきたようだった。
   周囲に将官達の姿が見えなくなると、レオンは俺に問い掛けた。
「ロイは艦で帰還するのか?」
「ああ。陸軍はこのまま会議なのだろう?」
   レオンは頷いて、慌ただしいことだが、と苦笑した。何時に出航するんだ――と問われる。
「このまま艦に戻ったらすぐに。此処から帝国まで海路では距離があるから、後から出立するヴァロワ卿の方が早く帝都に戻ることになるが」
「そうだな。では気を付けて。それからルディに無理をしないように伝えてくれ。このところ毎日のようにメディアの前に出ているが、大分忙しそうだ」
「解った。本人は長くとも一年と考えているから、その分、濃縮して動いているようだ」
   俺がそう応えると、ヴァロワ卿が苦笑する。
「では、これで失礼する。ヴァロワ卿、また帝都で」
「ああ。気をつけて」
   別室に控えていた中将と共に艦に向かい、ただちに出航する。
   ゆっくりと海上を進んでいくなか、休憩中にテレビをつけたらルディの姿が映っていた。マスコミ達の質問に丁寧に答えているところだった。


   世界は変わりつつある。
   それでも変わらないものもあるのだな――。
   ヴァロワ卿との共闘を思い返しながら、自ずと笑みが零れた。


【End】


[2010.10.2]
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