ただちに司令室へと向かい、報告を受ける。監視センターからこの本部に送信された図によると、帝都に近い場所で高エネルギーが発生していることが見て取れる。
「これが長距離弾道ミサイルだったと仮定して、我が国に落下するまでの時間は?」
「まだ発射していないことを考慮すると、試算では30分とのことです」
   30分――。
   エスファハーンから軍を退いて、カーシャーンのシェルターまでぎりぎりの時間か――。
「ムラト次官。マームーン大将にただちに避難指示を。ハッダート大将、周辺地域の住民達に外に出ないよう指示を出して下さい」
   二人はすぐに司令室を後にする。被害を最小限に食い止めなければならない。到達予想時刻が10分でも狂えば、マームーン大将達の命が危ない。
   手許にあった電話で大統領執務室に連絡をいれる。ミサイルらしき高エネルギー反応が確認された旨を告げると、大統領は言葉を失っていた。


   時間が五分過ぎていく。ミサイルでなければ良い――ずっとそう願っていた。監視センターと通信回線を繋いだままにして、情報を直ちに此方に伝えてもらう。七分後、監視センター所属の少将がミサイルの発射を告げた。

   息を飲んだ。マームーン大将達から避難した旨の連絡はまだない。到達時刻までどれぐらいかかるか――。
「長官!ミサイル軌道が判明しました。エスファハーンに向かっています。到達予想時刻は今から15分後!」
「15分だと!?」
   速い――。
   あまりに速すぎる――。


「共和国領内に突入しました!」


   マームーン大将には先程の連絡の時点で避難を告げるべきだったのか。俺はまた判断が遅れたのか――。


「エスファハーンに着弾!」


   マームーン大将からの連絡はついに来なかった。
   30万の兵の命がこれで消えてしまったのか――。

「映像を出します」

   スクリーンが切り替わる。黒煙に覆われて何も見えなかった。エスファハーンがすっぽりと黒煙に覆われているようだった。
「レオン……」
「……救助隊の申請をお願いします」
   ムラト次官は解ったと告げて、側にあった電話のボタンを押す。この部屋の電話があちらこちらから鳴り響く。
   帝国はミサイルを使用するかもしれない。それも目標はエスファハーンだ――と、俺はこの事態を読んでいた。それなのに避難指示が遅れたために――。

「長官!緊急通信が……!」
   ビービーとけたたましい音が響いていた。ハリム少将がそれを受ける。その瞬間、ハリム少将の表情が変わった。
「御無事でしたか……!」
   ハリム少将はそう言ってから、此方を見、マームーン大将です、と告げた。全員が一斉にハリム少将に振り返る。
「長官。マームーン大将が報告をしたいと」
   すぐにハリム少将の許に行き、受話器を耳に当てる。長官――と、マームーン大将の声が聞こえて来た。
「良かった……!間に合ったのですね!?」
   マームーン大将は、帝国軍が撤退した時、万一の事態を考えて、エスファハーンには一部の部隊しかいれていなかったことを告げた。そのため、本部から避難の連絡を受けた時には、カーシャーンに駐留していた兵にシェルターへの避難を伝えたのだという。
「ではマームーン大将は……?」
   俺と連絡を取った時は、マームーン大将は確かにエスファハーン支部に居た。其処から急いで車で避難したのだろうか。
   マームーン大将はエスファハーン支部の地下にはシェルターが備わっていただろう――と告げた。エスファハーンに入った兵士達は全員、そのシェルターに避難して無事だという。
「そうでしたか……。御無事で何よりでした」
   着弾した当初、轟音が鳴り響いたとマームーン大将は言った。シェルターも激しい震動を感じたというから、被害の程度は大きいだろう。通信器具も緊急通信しか使えない状態らしい。
「マームーン大将。大気も汚染されているでしょうから、暫くはシェルターで待機してください。此方から救助隊を向かわせます」
   何かあれば連絡をいれるように告げて、通信を切った。救助隊に、エスファハーン支部に向かうよう早く指示を出さなければならない。
「……おい、レオン。自分の手を見てみろ」
   ムラト大将が不意に俺の手に視線を落として言った。その時になって気付いた。俺は強く右手を握り締めていたようだった。ゆっくり手を開くと、うっすらと血が滲んでいた。
「ああ……。気付きませんでした」
   苦笑すると、ムラト大将がハンカチを手渡す。礼を述べて受け取り、血を拭った。
「ハリム少将、救助隊にエスファハーン支部のシェルターにマームーン大将が避難していることを伝えてくれ」
「了解しました」
   ムラト大将に命じられて、ハリム少将がすぐに電話の受話器を手に取る。
   救助隊に要請を出している間に、スクリーンに映し出されていたエスファハーンから黒煙が去りつつある。こうして一見した限りでもエスファハーンは壊滅状態だった。建物は無残に崩れ落ち、所々に火の手が上がっている。
「惨い……」
「人的な被害は最小限に食い止められた筈だ。マームーン大将の判断のおかげでな」
   ムラト大将が肩を叩いて俺にそう告げる。そうですね――と応え、スクリーンから眼を放した。やるべきことは山のようにある。
「テオ、エスファハーンならびに近隣地域の被害の把握を。ムラト大将、至急アジア連邦のフェイ次官と連絡を取って下さい」
   将官達にそれぞれ指揮を下し、その間に大統領にマームーン大将の無事を伝える。



   詳細な被害の程度が判明したのは、翌日のことだった。死者5名、負傷者8名――それは避難命令が出たにも関わらず、エスファハーンに近付いた近隣地区の住人達だった。エスファハーン支部のシェルターに避難していたマームーン大将と20名の兵士達は10時間後に無事救出され、怪我も無かった。だが、エスファハーンの街は焼け野原と化し、瓦礫の他は何も残っていなかった。
   アジア連邦のフェイ次官はただちに国際会議を招集する旨を告げた。それに各国が同調し、来週、アジア連邦にて緊急会議が開催されることが決まった。


[2010.3.3]