「まったく守り甲斐の無い方だ」
   剣を鞘に収めながら、ヴァロワ卿は言った。私のことに感心しながらも、ヴァロワ卿こそ鮮やかに剣と銃を使いこなす。流石は実力で長官に上り詰めた人だ――と思った。

   軍部省で将官に上り詰めるには、机上の学問だけでなく武術も重視される。文武共に優れた人物でなければ、将官となることは出来ない。それは旧領主層においても例外ではなかった。武門であることを守り続けようとするなら、子供の頃からそうした教育を施しておかなければならない。ロートリンゲン家がそうであったように。

「自分の身ぐらい自分で守りますよ」
   ヘリから広場に着陸しようとした時、帝国のヘリだと気付かれた。この場で着陸を見守っていたトニトゥルス隊の隊員達と共和国軍との間で激しい戦闘が繰り広げられ、共和国軍の数十人が此方にも襲いかかってきた。
   ヴァロワ卿達と共に応戦した。命までは奪わぬよう、急所を外しながら防戦した。
   それからエスファハーン支部へと向かった。途中で、トニトゥルス隊のカサル大佐がやって来て、状況を報告した。隊は既に支部へと突入したらしい。
「制圧したか?」
「いえ、それが敵のなかに滅法強い者が居まして……。苦戦を強いられています」
「共和国のアフラ隊か?」
「いいえ。そうでもないようです。現在、支部内に36名の軍人が残存しています。そのうち将官が数名いるようですが、その将官のなかの一人が矢鱈強いらしく……」
「ハッダート大将か?」
「詳細は解りません。それから、支部に軍部長官が居ると先程報告がありました」
「軍部長官が?確かなのか?」
「まだ確認が取れていません。ですから、隊員達には階級章に注意しろと命じてあります」
「……長官が此方に来ていたということか。宰相」
「すぐに支部に向かいましょう」
   新トルコ共和国の軍部長官がエスファハーン支部に居る。上手くいけば、彼を捕らえて停戦協議に入ることが出来る。
   それに、これまで表に出て来なかったこの国の軍部長官がどのような人物か興味もある。





「閣下!お下がり下さい!」
   倒しても倒しても敵は次から次へと襲いかかってくる。もう何十人斬り倒しただろうか。拳銃の弾はもう切れた。
   だが、まだ戦える。
   剣を構え直し、敵から降り注ぐ銃弾を避けながら、斬りかかる。二人、三人、四人、この支部に敵はあとどれぐらい残っている?
「……っう……ッ!」
   銃声が左側を横切っていったその時、ラフィー准将が小さな呻き声を上げた。振り返ると、右腕から血を流していた。
「ラフィー准将!」
   横合いから敵の剣が襲いかかってくる。それを受け止め、薙ぎ払う。側に居た中佐が別の帝国軍の男に向かって発砲した。その男が倒れる。すると別の男が中佐の拳銃を狙う。咄嗟に側にあった帝国軍の銃を男に向かって投げつけた。それが男の顔に命中する。ラフィー准将を庇いながら、一歩一歩後退していく。
   その時、ざざっと音が聞こえた。
   背後も取り囲まれた。
   これまでか――。


「攻撃停止!」
   敵のなかから攻撃停止を命じる鋭い声が飛ぶ。この部隊の指揮官か。向かい合う敵の一人が、動くな、と此方に告げた。敵の銃口が一斉に此方に向けられる。ハリム少将とラフィー准将が一歩私の前に出た。
「私は新ローマ帝国軍トニトゥルス隊隊長エリク・カサル大佐だ。このエスファハーン支部は完全に包囲した。これ以上、無益な血を流さないためにも、将官と話をしたい」
「何をのうのうと……っ」
   怒りを露わにするラフィー准将を制止する。ハリム少将が名乗りを上げようとするのを阻んだ。
「協議ならば応じよう。その代わり、現時点における全ての戦闘を停止願いたい」
「閣下」
   大佐を名乗った屈強な身体付きの男は、背後に立つ男の一人をそう呼んだ。閣下と呼んだということは、将官級か。
「新ローマ帝国軍務省陸軍部長官ジャン・ヴァロワ大将だ。まずは貴卿の名と階級を知りたい」
   帝国の軍務長官か――。
   ムラト大将から話には聞いたことがある。陸軍部長官は話の通じない人間ではない、と。協議次第ではこの状況と何とか乗り切れるだろう。それに、無益な血を流さないためにも、とカサル大佐が言っていた。つまりは、帝国側も一時停戦を望んでいるということだろう。
   その時ふと視線を動かした。
   そして――、言葉を失った。






   支部の中に滅法強い男が居て、トニトゥルス隊が苦戦を強いられている――この事実が、この時までは私のなかでひとつに繋がることはなかった。
   トニトゥルス隊が苦戦するほどの力量の男。
   私は――、彼の強さを知っていたではないか。

   マルセイユで初めて会った時、ロイ以外の人間でこれほど強い男は見たことが無いと思ったではないか。その男は新トルコ共和国の人間だったではないか――。

   レオンは軍人なのだと、もしかしたらこの戦闘中に再会するかもしれないことを、何故私は考えつかなかった……?

「……その階級章は大将級とお見受けする。名乗っていただけないのか」
   名乗らないレオンに対して、ヴァロワ卿が再度問う。レオンは私の姿を見つめていた。こんな形で再会するとは、レオンも考えていなかったのだろう。

   否、待て――。
   レオンの胸元にある階級章は確かに大将級だった。
   大将級の軍人でレオンという名は、この国には確か――。

   まさか……。
   まさか、レオンは――。

「……失礼した。私は新トルコ共和国軍部長官、レオン・アンドリオティス大将だ」

   レオンは真っ直ぐ此方を見て、そう名乗った。
   レオン・アンドリオティス――、軍部長官だと。


[2010.1.19]