旧領主層の誰かの差し金だろう。こうした事態は予想出来たことだった。私が一人になる時を見計らってのことだろう。ロイが居ない今は、狙われやすい状況を作り出しているということも充分に解っていた。
「ロートリンゲン宰相だな」
「如何にも。そちらは名乗る気はあるのか」
   五つの銃口が一斉に此方に向けられる。此方の質問にも答えず銃口を向けるということは、私を殺すよう命じられているのだろう。犯人は大体検討がついた。相当焦ったに違いない。それにしても私を消したあとで自分に嫌疑がかかるとは思わなかったのだろうか。
   フォン・シェリング大将――、彼が仕組んだことだろう。今の時点で、私が皇位を継承することを知っている人物は彼しか居ない。そして彼自身が一番、私を邪魔な存在だと考えるだろう。
   少し鎌をかけてみるか――。
「私が銃弾に倒れたとなれば、捜査の手はお前達の雇い主――フォン・シェリング大将に嫌疑がかかる。彼はそこまで考えて行動しているのか?」
   それとも嫌疑がかかっても構わないと考えているのだろうか。皇族の血筋に一番近しいから、私さえ消えればゆくゆくは皇位の座が巡ってくる――と。
   男達は何も答えなかった。答えないということは、おそらく私の推測は当たっているのだろう。

「動くな!」
   その声は眼の前からではなく、背後から聞こえてきた。男達が背後の人物に視線を遣る。その一瞬の隙に持っていた鞄を左端に居た男に向けて投げ飛ばし、右端の男の拳銃を足で薙ぎ払う。パンと音がして、中央の男の手から血が噴き出す。
「宰相!」
   ちらと背後に視線を遣ると拳銃が一挺飛んでくる。手を伸ばしてそれを受け取り、私に銃口を向ける男に向けて、狙いを定めた。
   撃ってくるかもしれないと思った。私への殺意が強い。たとえ相討ちになってでも私を消そうとするだろう。
   私も撃つしかないか――そう考えて引き金の指に力をこめたその時、私の隣から発砲音が響いた。男の手から拳銃が離れる。逃げようとする男の足をすかさず撃ち抜く。男は悲鳴をあげたが、仲間に連れられてこの場を立ち去っていった。

「ありがとうございます。ヴァロワ卿」
   間に合って良かった、とヴァロワ卿は軽く息を吐いて言った。先程、彼が投げ渡してくれた拳銃を返そうとすると、ヴァロワ卿は首を振った。
「緊急時として許可証を出しておくから、宰相が持っておけ」
「私は文官ですよ」
「今日の顛末を陛下に報告して、私が陛下から許可を頂いておけば問題無いことだ」
「文官は武器を所持してはならないという法をねじ曲げることになります。御気持はありがたいのですが、これはお返しします」
   ヴァロワ卿はぐいと拳銃を私に押し戻した。
「……それはハインリヒが使っていたものだ。ハインリヒの居ない今は貴方を護衛する者も居ない。今、大急ぎで人選しているがせめてそれまでの間は持っていてくれ」
   ロイの使っていたものと言われ、思わずそれを見返した。軍人は軍人として任命を受けた時から退官するまで、拳銃の携帯が許されている。またこうした武器類は管理を徹底させているため、拳銃にも刻印が施されている。今持っている拳銃には確かに、ロイの名前が刻まれていた。
「文官にしておくには惜しい人物とは聞いていたが、宰相の立ち回りを初めて見た。確かにあれほど機敏に動ければ、並大抵の護衛では務まらんだろう」
「ヴァロワ卿が来て下さらなければ撃たれていましたよ」
   銃口が此方に向けられた時、一瞬、死を覚悟した。彼等の目的が私を脅すことであったのなら、対処の仕様があったが、彼等は私の命を確実に狙っていた。
「フォン・シェリング大将の名を挙げていたが……。フォン・シェリング大将が黒幕か。それは確証のあることなのか?」
「確証はありませんが、彼が私の命を狙う理由はあります」
「進歩派の急先鋒だからか?」
「それも理由の一つですが、今日狙ってきたことからも考えて、思い当たることがあるのです。ヴァロワ卿、少し時間を頂けますか?」
   このような事態となったからには、ヴァロワ卿には話しておくべきだろう。



   邸に戻り応接室にヴァロワ卿を通して、人払いをしてから皇位継承の話をした。皇帝が次期継承者と目しているのが私だということにヴァロワ卿は流石に驚きながら、顎に指を添えて言った。
「宰相は陛下のお気に入り――と皆、熟知しているが……。それでもまさか陛下が宰相を後継者に指名するとは誰も思っていないだろう。皇女達の結婚相手に選ばれることはあってもな」
「私自身、その話を聞いた時は驚きました。陛下には弟君がいらっしゃいますし、その御子息も健在でいらっしゃる。それなのに何故私を指名したのか解らないのです」
「マリ様がお戻りになると本気で考えていらっしゃるがゆえのことか」
「おそらくはそうでしょう」
「だがどう考えてもマリ様はもう……」
「私もそう考えます」
「……で、宰相は何と返事をした?保留にしてあるのか?……否、愚問か。陛下の命令は絶対。特に最近、陛下は発言力を増しているものな」
「……陛下の発言力が増しているとヴァロワ卿もお考えでしたか」
「此方の話をお聞き下さらないことも多い。嘗ては耳を傾け、御自身の意見を述べてから、此方に決めさせる御方だったがな……。今の帝国の有り様は少々危険だと思っている」
   やはりヴァロワ卿も同じように感じていたのだろう。帝国が、専制色の濃い国家となりつつあるということを。
「実は今日、陛下から皇位継承の話を賜った折、陛下の御代で帝政に終止符を打ってはどうかと提案したのです」
   ヴァロワ卿はさらに驚いた様子で此方を見つめた。思い切ったことを発言したものだな――と感心と呆れの混じったような表情でヴァロワ卿は言った。
「陛下の前でそのような発言をするなど……。宰相だから許されたようなものだが、他の者が口にしたら首が飛ぶぞ」
「案の定、陛下の御不興を買いました。ですがヴァロワ卿、私はこの帝国をゆくゆくは共和制に移行させたい。この広大な国を一人の為政者が、民衆の権利を尊重しながらひとつに纏めるのは困難です。今、帝国では議会が形骸化していてその役目を果たしていません。ですが、今後、議会は必ず必要な手段となる。そうでなければ、独裁と恐怖政治を敷くしか存続の道はありません」
「……宰相の意見には賛成だが、この帝国の、特に旧領主層の間に宰相の賛同者がどれだけ望めるか……」
「厳しいでしょう。特に私は旧領主層の特権を排除する政策を取っていますし……」
「それにそのような発言が旧領主層の耳に入れば、また命を狙われることになる。格好の的になるぞ」
「解っています。ですが……、もうこの国が帝国であり続ける必要は無いと思うのです。それに対外的にもこのまま帝政を続けることは出来ません。新ローマ共和国が誕生し、全世界で君主制を採用する国は減少しつつあります。そうなると帝国への風当たりも変わる。帝国は過去の侵略が仇となって、今でも敵国の多い国です。侵略戦争の勝者である帝国は敗戦国に対して、貿易品の関税を高く設定しています。他国の不満は以前から募っています。そんななか、新トルコ共和国が成立した。彼の国の影響力は小さくありません。世界の流れが一気に共和制へと向かったら……、陛下の今日の御回答から考えるに、陛下は帝国の維持のために戦争という手段に出るでしょう」
「……考えたくも無いが、充分にあり得ることだな。旧領主層の連中も戦争を提言するだろう」
「ええ。それだけは絶対に回避しなくてはなりません」
「そうなると宰相、やはり貴方は継承権を拒むことが出来なくなる。フォン・ルクセンブルク家の長男は旧領主層を手厚く保護する考えを持った御仁だ。もし宰相が継承権を拒み、彼に渡ったら、陛下以上の専制君主が誕生することになる」
「権力を得たら人が変わるとも言います。私がそうならないとは言い切れません。陛下がその代で帝政を終えて下されば良いのですが、それも望めないのなら、私も覚悟を決めざるを得ないでしょう」
「此方も尽力する。私やオスヴァルトのような庶民出身の者は宰相の意見に賛同するだろう」
   ヴァロワ卿はふと時計を見遣った。私も失念していたが、もう随分な時間となっていた。
「そろそろ失礼する」
「あ、海軍部長官の件ですが、ヘルダーリン大将を陛下に推薦しておきました。近日中には陛下から指名があるかと思います」
「それはありがたい。これで少しは守旧派を抑えられる」
   ヴァロワ卿は微笑して席を立つ。身辺には気を付けるように再度私に忠告してから、ヴァロワ卿は帰っていった。


[2009.11.28]