皇族達とロイを交えてのお茶会の当日、ロイは酷く緊張した面持ちだった。長官に任命された時でさえ堂々としていたロイが、緊張を隠せない様子を見て、思わず苦笑を漏らした。
「陛下にも皇妃様にも皇女方にも会ったことはあるだろう。そう緊張することも無い」
   宮殿の奥で開かれたお茶会は、此方が考えていたものとは裏腹に、和やかな雰囲気だった。その様子から察しても、決して悪い風に話は進むまいと感じた。席に着き、招待への礼を述べると、皇帝は徐に口を開いた。
「皇妃から話を聞いて我が耳を疑った。ハインリヒとマリが恋仲にあったとは……。しかも数年前から続いているという」
   ロイは皇帝に深々と頭を下げて、申し訳御座いません、と謝罪する。まあ良いと、ロイの方に手を挙げてから、皇帝は話を続けた。
「考えてみればマリも年頃。そうした男が居ても不思議でもない。しかしフェルディナント、そんな数年も付き合っておきながら、お前から一言もそんな話を聞けなかったことが残念だ」
「申し訳御座いません。お許しいただけないかと思い、黙っておりました」
「他の男であったなら許しはせん。だがお前の弟だ。軍務長官で、且つ帝国にずっと仕えているロートリンゲン家の人間となれば、私も許さぬ訳にはいかぬ」
   これで皇帝からの許しが出た。
   この言葉を聞いて、私以上にロイは安堵したようだった。笑みを零し、皇帝に礼を述べた後、皇女マリの方を見遣った。皇女マリも嬉しそうに微笑んでいた。


   茶会は、終始和やかな雰囲気に包まれていた。皇女達の手製の焼き菓子と皇女マリの淹れてくれた珈琲を味わいながら、談笑が耐えなかった。皇女エリザベートの言葉通り、皇妃カトリーヌはロイと皇女マリの関係を殊の外喜んでいた。

   そして、今後のことも話し合った。ロートリンゲン家に皇女を迎えるには、それなりの準備が必要になる。たとえ暴漢が侵入したとしても腕に自信のあるロイも居るので、今は邸に三人の護衛しか居ない。いつもロイが邸に居るという訳ではないことを思えば、今後は護衛を増員しなければならなくなる。それに合わせて邸も護衛しやすいように少し改装しなければならない。

   もう一点、ロイと皇女が結婚するとなれば、ロートリンゲン家の力が強まることを危惧する旧領主層の当主達が居る。結婚自体、宰相である私が仕組んだことではないかと考える者も居るだろう。正式に婚約するまでの間はそうしたことから眼を逸らさせるために、二人のことは極秘にしておくことが決められた。

   最後に、二人の結婚式についての話となった。皇女マリは6月を所望した。6月の花嫁は幸せになるといわれているから、それに倣ってのことだろう。
「準備は6月に間に合うか」
「すぐに邸の準備を始めれば、半年あれば間に合います」
   結婚式は6月という予定になった。皇女マリとロイの結婚がこれで現実味を帯びてきたが、相手が皇女となれば、結婚式に先立ち、婚約を発表しなくてはならない。
「来月には建国祭もあることで、今すぐ婚約となると慌ただしくなる。そんななかで揉め事も起こしたくないからな。フェルディナント、来年の予定はどうなっている?」
「大きな予定としては3月に陛下の国内視察が入っております」
「ああ、そうであったな。では……、1月はどうだ。ハインリヒ、軍務省での予定は?」
「はっ。1月は宮殿内の本部にて将官級の会議が予定されているだけです」
「ならば不在ということはないな。フェルディナント、1月で異存は無いか」
   1月下旬に婚約発表を行うことが決定された。皇女マリとロイは嬉しそうに微笑み合っていた。






   一年のなかで一番重要な祭事である建国祭も、恙無く終わった。その頃には風は大分冷たくなっていた。そして建国祭から一週間経った12月10日に、ロイは帝都を離れ、北方の国境警備隊の許に激励に向かった。今年最後のロイの大仕事といったところだった。毎年の慣例行事のようなもので、北の辺境の見回りもかねて10日間ほどで戻ってくる。今回もそうだった。
20日の夜には帰るという連絡が入ったので、その日の夕食はロイの帰宅を待つことにした。
   7時を過ぎてロイが戻って来た。
「ルディ。宮殿で何かあったのか?」
「いや?どうした」
   宮殿はいつもと変わりなかった。何かあれば宰相室に控えていなければならない。しかし今日もいつも通り定刻に帰ってくることが出来た。
「帰還の報告に陛下の許に行こうとしたら制止された。後日に改めてほしいと」
「遅い時間帯……といってもこの時間か。皇帝も早めに休まれたのかもしれんな」
「……だとしたら皇帝の執務室で足止めを喰らうものだろう。俺が足止めを喰らったのは、宰相室から奥だ。皇族達の居住区の手前に衛兵が居て、先に進まないよう告げられた」
「私は今日六時過ぎに帰宅したが、その時には何も無かったぞ」
   妙なことだった。そしてロイは理由を衛兵達に問いただしたところ、衛兵すらもその理由を知らなかったのだと言う。皇族の居住区である宮殿の奥には、誰も入れてはならないと女官長に命じられたらしい。
「フェルディナント様、ハインリヒ様。お話はそれぐらいにしてお食事になさってください。料理が冷めてしまいます」
   ミクラス夫人に促されて会話を止め、テーブルに着いた。宮殿で何かあれば連絡が来るが、未だ何の連絡も無い。ということは、大したことでもないのだろう――そう思った。
   ロイは食事の傍ら、北の国境周辺の情報を語ってくれた。話を聞く限りでは何の異常も無かった。
「では北の方は当分……」
   扉を叩く音が聞こえて、ミクラス夫人が姿を現す。フェルディナント様にお電話です、と夫人は言った。
「誰からだ?」
「宮殿からです。火急の用件ということで……」
   ロイと顔を見合わせ、席を立ち電話口へと急いだ。

   電話は女官長からだった。宮殿から連絡が来る時は決まって皇帝の秘書官からで、女官長から連絡が入ることは無い。先程のロイの話では、女官長が奥に入ってはならないと命じていたと言う。そうなるとやはり皇族内で何かあったのだろうか。
   何かあったのかと問い掛けると、女官長は低い静かな声で言った。
   フアナ様がお亡くなりになりました――と。


[2009.9.11]