ロイはこれまでの経緯を話してくれた。フリッツが言っていた通り、ビザンツ王国でアジア連邦のフェイ次官と出会い、連邦に亡命申請をしたうえで客将として迎えられたらしい。連邦ではずっとフェイ次官と暮らしていたとのことだった。
「俺は……、ずっとお前を恨んでいた……。何故、皇帝にマリとの結婚の意志は無いと言ってくれなかったのかと……。結婚の話を承諾したのかと……」
「すまな……」
「謝らないでくれ。俺が悪かったんだ。……解っていた。お前がたとえ結婚を断っても、マリと俺は一緒になれないと……。だが、お前を恨まないとやりきれなくて……、どうしようもなくて……。それで恨んでいた。家に戻り、お前の姿を見るまでどうしても恨みを払えなかった……。莫迦だった」
「違う……。私は……、断……らなけれ……ば、ならな……かった……」
   ロイはゆっくりと首を横に振った。
「アンドリオティス長官にもヴァロワ卿にもフェイにも、意地を張るなと言われた。その通りだ。俺はずっと意地を張り続けた」
「……レオン……と……、会った……の、か……?」
「ああ。戦争前に連邦と共和国で極秘会談があったんだ。まさか、ルディが言っていたレオンという男がアンドリオティス長官だったとはな」
「レ……」
   咳き込むと、ロイはゆっくりと胸を摩ってくれた。無理をして喋るな――とロイは心配そうに告げる。
「アンドリオティス長官とは先刻、会ってきた。ヴァロワ卿ともな。お前のことを心配していた」
   二人とも見舞いに来たいと言っていた――と、ロイは言った。
   ヴァロワ卿とも随分会っていない。ヴァロワ卿にも礼を言わなければならない。そしてレオンにも――。
「私も……、会いたい……」
「そう伝えておく」
   少し休んだ方が良い――とロイに促されて、眼を閉じた。



   体調は少しずつではあるが、回復していった。体力を回復させ体重を増やすために、常に栄養剤を投与されていたが、少しだけならスープを飲めるようにもなってきた。温かくきちんと味のあるスープを口にするのは数ヶ月ぶりで、とても美味しかった。
「……ミクラス夫人」
「はい?何でしょう」
「アクィナス……刑務所に……、食糧を……届けてもらえないか……? 多分、物資が……、行き届いていない……だろうから……」
「そのことでしたら、ハインリヒ様が手配なさっていましたよ。ほら、ハインリヒ様が追放される前にフェルディナント様がご用意なさった1000ターラー、あの小切手で食糧の調達をなさって……」
「……使って……いなかったのか……?」
「そのようです。追放前にヴァロワ様から財布を戻して頂いたそうで、その財布に充分にお金が入っていたと仰ってましたが……」
   ロイはアクィナス刑務所の他にも、宮殿の機能が停止されたために物資が不足している施設に援助を行っているのだという。昨晩にはパトリックともさらなる資金援助について語り合っていたらしかった。

   一方、帝国は連合国軍の監視下の許、新体制樹立に向けて動き出した。そうした情報はロイが逐一教えてくれた。ロイは連合国軍と帝国軍との間を取り持つ役目を果たしているという。確かに良い緩衝材となるだろう。
   そして、陸軍部長官であるフォン・シェリング大将が不在の今、ヴァロワ卿がその務めを果たしているとのことだった。

「ハインリヒ様は帝国を建て直すために、私財を投じるつもりだと仰っていました」
「ロイが……」
「難しい話は私には解りませんが、このところフリッツやパトリックと夜遅くまで何やら話し込んでいますよ」
   ロイにしては珍しい。ずっと家のことにさえ感心を寄せなかったのに――。



   ロイは帰宅すると私の部屋にやって来る。具合はどうだ――と尋ねながら、私のベッドの隣に置いてある椅子に腰掛ける。
「大分良くなった……。お帰り、ロイ」
   一日に二度、トーレス医師からの診察を受けていた。それ以外はミクラス夫人がずっと付き添ってくれている。ミクラス夫人と様々な話をしたが、長く発声することはまだ辛くて、ミクラス夫人の話に耳を傾けることの方が多い。起きていられる時間も限られていた。
   それでも、大分回復してきたように思う。
「少し話をしたいんだが、大丈夫か?」
「ああ」
「帝国は戦争に負けた。帝国はじきに体制も変わり、名も変わる。そうなると、必然的に旧領主層も解体させられるか、解体を免れたとしてもあり方が一変することになるだろう」
「ああ……。だが、それで良いんだ……。ロイ、保有している……全不動産を……買い取る現金は……、ある……。出資している会社の……配当が、大部分を……占めるから……」
   苦しくなって、一旦言葉を止める。ロイはパトリックから聞いている――と言った。
「ルディがいつ旧領主層解体となっても良いように、この家の財政基盤をきちんと固めておいてくれたとな。文化教育関係への出資額は今後、大幅に制限されるだろうが、これまでが多すぎたからちょうど良いのかもしれない。……この家を潰さないために、わざとそうしたんだろう?」
   ロイの問い掛けに微笑み返す。ロイは何も心配しなくて良い――と言った。
「解体となってもこの家が受ける影響はさほど大きくない。そもそもの特権を既に返上していたのだからな。だからルディは何も心配しなくて良いから、兎に角今は身体を治すんだ」
「……ロイ。……私は、一度は……、侵略を指揮した……身だ……。その裁きを……受ける覚悟……は、出来ている……」
「ルディ……」
「上層部……に、そう……伝えて、くれ」
   眼を閉じてゆっくり息を吸い込むと、ロイの手が私の手を握った。
「そんなことは身体を治してからだ。ヴァロワ卿も心配している」
   明日、見舞いに来ると言っていた――とロイは微笑して教えてくれた。ヴァロワ卿と会うのは三ヶ月ぶりか。ヴァロワ卿には随分迷惑をかけた。何も言わず、勝手に行動したのだから。
「それに何よりも今は皇帝の……」

   ロイの声が遠退いていく。駄目だ、眼を開けていられない――。
   この身体が良くなったら……。
   裁判を受け、適正な処分を受けたら……。
   私は――。


[2010.4.1]