ウールマン大将は意を決した様子だった。全てを話すということは、彼は下手をすれば帝国で罪に問われることになる。それすらも覚悟したということなのだろう。
「マームーン大将には少しお話しましたが、私はまだ迷っておりました。私は帝国に妻子が居る。帝国を裏切るような真似をすれば、妻子の身に危険が及びます。……ですが、こうして貴卿とお会い出来たということは、宰相閣下を救う好機とも考えています」
   宰相という言葉をウールマン大将は発した。俺の聞き間違いではない。今、はっきりとそう言った。
「お聞きして宜しいか?」
   俺が問い掛けると、ウールマン大将はどうぞと頷いた。
「貴方は今、宰相を救うと仰った。宰相は今、何処に居るのです……?」
「帝都の北、テルニの町にあるアクィナス刑務所です。貴卿が国境を越えた後、宰相閣下は捕らえられました。そして、懲役50年を陛下によって言い渡され、現在服役中です」
「懲役50年……!?」
   それでは終身刑と同じではないか――。
   それにルディの身体は俺のように頑丈に出来てはいない。そんな長期の懲役に耐えられる身体ではない――。
「それは……、私を脱出させた罪を問われたということですね……?」
「……貴卿を収容所から脱出させたことだけならば、宰相閣下は宰相の職を解かれるだけで済んだでしょう。その後、宰相閣下は陛下の前で侵略を批判し、撤退するよう進言したのです。そのことが陛下のお怒りに触れ、アクィナス刑務所に送致されました」
   ルディが皇帝の前で侵略を批判した――。
   言葉が出なかった。
   俺を助ければ身に危険が及ぶことを指摘すると、ルディは上手くやると応えていた。そう言っていたではないか。ルディ――。

「貴国の皇帝は宰相を見放した――そう理解して宜しいですな?」
   ムラト大将がウールマン大将に向かって確認する。ウールマン大将はそうです、と応えた。
「陛下ははじめ、お怒りのあまり、宰相閣下に処刑を命じました。ですが、ヴァロワ大将やその他の省の長官が助命の嘆願を……。ヴァロワ大将に至っては上級大将の階級と長官職を差し出して、助命を訴えました。その結果が、アクィナス刑務所での懲役50年という刑です」
「では宰相はもうふた月近く投獄されているということですか?」
「ええ……。宰相閣下が刑務所に送致され、ヴァロワ大将が解任され、私のように宰相の意見に賛同していた将官達も本部から遠ざけられました」
「ヴァロワ大将もどちらかの支部へ?」
「いいえ。ヴァロワ大将だけが本部に残っています。フォン・シェリング長官――現長官も、元長官であるヴァロワ大将を支部に遠ざけることは出来なかったのでしょう。ヴァロワ大将は今、司令課長官の職にありますが、戦時中である今はフォン・シェリング長官が総司令官として直接指揮を執りますから……」
「実質的な権限は無いも同じ……ということですか」
   ムラト大将は考え込むような表情をする。ウールマン大将の話から察するに、ヴァロワ大将はフォン・シェリング大将に押さえ込まれていて、身動きひとつ取れない状態なのだろう。帝国の戦闘の様子から察しても、ヴァロワ大将の指揮が全く見えてこないとは感じていたが――。

「話は変わりますが、先日、貴国はエスファハーンにミサイルを着弾させた。これは明かに新環境法に違反しますが、貴国はいつからミサイルを所有なさっていたのです?」
「私はミサイルを所有していることも知らなかったし、今も基地が何処にあるのか知りません」
「……参謀本部長まだ勤められた貴方が知らないというのも奇妙な話ですが……」
「情けないことだとは自覚しています。ですが、ミサイル保有を知っていた人間はほんのひと握りでしょう。……あれはフォン・シェリング大将の私有のものです」
やはりそうだったのか――。
   頭のなかの点が全て線で繋がったように感じた。ウールマン大将が嘘を吐いているということはないだろう。帝国軍が所有しているものならば、それを維持する段階で上層部の耳に入る筈だ。参謀本部長を勤めたウールマン大将なら尚更、所有を知らぬ筈が無い。
   だが、フォン・シェリング大将が個人的に有していたものだというのなら、話は別だ。周囲からひた隠しにして所有していたに違いない。

「ウールマン大将、フォン・シェリング大将の私物と仰るその理由をお聞かせ願えますか」
   この時になって、俺は漸く質問した。ウールマン大将は頷いて、ミサイル発射前に通達された将官への連絡のなかで、それが初めて告げられたのだと言った。
「ミサイル発射の前に、本部で会議が設けられましたが、本部を離れた私には発言権がありません。ヴァロワ大将が最後まで反対していたそうですが、多数決で発射が決定されてしまいました。私達に連絡が入ったのはその後のことです」
「本部はヴァロワ大将以外は全員、フォン・シェリング長官側の人間と捉えて良いですか?」
「陸軍に限っては。御存知の通り、帝国は陸軍と海軍に分かれています。陸軍のことは陸軍内部で、海軍のことは海軍内部で決定されます。そうして決定された事項には、互いに口を差し挟むことは出来ません。海軍部長官はヘルダーリン長官で、ヴァロワ大将と意見の同じ――言うなれば宰相側の人物です」
「……それでは陸軍と海軍の連携が取れないのでは……」
   思わず尋ねると、ウールマン大将はその通りです、と告げた。
「ヴァロワ大将が長官であった時までは、連携を取ることが出来ました。陸軍と海軍の将官を交えての会議もありましたから……。今はそうしたことは全くありません」
「ではミサイル発射の際の会議も海軍部は一切関与出来なかった……と」
「海軍部は先の長官が宰相閣下の弟君だったこともあり、宰相側の人間が多く在籍しています。もし会議に参加出来ていたのなら、一斉に反対していたことでしょう」
   帝国の軍務省自体が幾重にも捻れているのだろう。今のところ、声が強いのはフォン・シェリング大将ということになる。
「アンドリオティス長官」
   ウールマン大将は俺を見つめて言った。
「この戦争に帝国が負けるということは承知しております。未だ戦時中であり、降伏の文字さえ出て来ていない今日において、このようなことを申し上げるのは気が引けることではありますが……。軍務省の士官、とくに将官達は旧領主層に味方する者が多い一方で、下士官や兵士達は宰相閣下に賛同する者、つまり今回の戦争に反対している者が多いのです。戦場を駆けるのはそうした下士官や兵士達です。自らの意志に反し、戦地に出向いた彼等には、どうか寛大な措置をお願い申し上げます」
「……戦争が終わるまではそれぞれの支部にて身柄を確保させて頂きますが、身体や生命に危害を及ぼすことはありません。それは徹底させますので、ご安心下さい」
   そう応えると、ウールマン大将は幾許か安堵したかのような表情を浮かべた。それから、とさらに言い添える。
「貴国を含めた連合軍の勢いは凄まじく、おそらくは来月中には帝都に侵攻なさるかと思います。どうか、その際に帝都北隣のテルニの町に赴き、アクィナス刑務所から宰相閣下をお助けいただけないでしょうか。……宰相閣下は帝国に必要な方です。戦後処理も宰相閣下ならば上手く取りはからってくれるでしょう」
   勝手なお願いですが――と最後に言って、ウールマン大将は頭を下げた。
「ウールマン大将。私は宰相に助けられた人間です。おそらくあのまま帝国の収容所に留まっていれば、今此処に私の命は無かったでしょう。それを考えれば、宰相を助けに行くのは当然のことだと思います」
「アンドリオティス長官……」
「宰相が帝国にとって大切な方だということは、宰相と話をするなかで私自身も感じました。宰相は必ず救い出すことを約束致します」
   ありがとうございます、とウールマン大将はこの時本当に安堵した表情を浮かべた。
   そしてあとひとつ、聞きたいことがあった。
   あの後、ルディと別れてからルディの身に起こったことを――。

「ボレル大佐。リヤドであの後、宰相がどうなったのか教えてもらえないだろうか?」
   ボレル大佐は一礼して、あの時のことを語ってくれた。
「小官含め全隊員はアンドリオティス長官を殺害するよう命じられていました。そのため、隊員の一人が長官に向けて発砲し、それを宰相閣下が庇われました」
「銃弾を……浴びたのだな……?」
   ボレル大佐は詳細を語ってくれた。ルディは俺を庇い、銃弾をその身に受けながらも、憲兵達の前に立ちはだかったらしい。俺が完全に見えなくなったのを確認してから、ルディは憲兵と共に山を下りた。銃弾はルディの左肩を貫通し、殆ど歩けない状態だったのだという。見かねた隊員の一人がヴァロワ大将からの支持を仰ぎ、その配慮で帝都に戻る前に病院へと連れて行った。
   そして翌日、ルディは自ら帝都に戻ることを告げたのだという。
   皇帝に進言するために――。

   ルディらしい行動だと思った。やはり俺は、あの時何としてでも――ルディを担いででも共和国に亡命させるべきだった。
「今日は遠路をお越し頂きありがとうございました。貴方がたの――いえ、既に降伏した兵士達全員の安全は保障します。ご不便をおかけすることになりますが、貴方がたは身の安全のためにも、西方警備部に留まって下さい」
   ありがとうございます、とウールマン大将が応える。
   その後、二人は再び専用機でマームーン大将の控える西方警備部へと戻っていった。

「宰相やヴァロワ大将、それにウールマン大将が指揮を執っているような戦争だったら勝てなかったな」
   二人を見送って執務室に戻ってくると、ムラト大将が何気なく呟いた。
「……そうでしょうね」
   尤もルディが宰相であったなら――、そして皇帝がルディの意見を聞き入れていたのなら、このような事態にはならなかっただろう。



   帝国との戦争は日に日に激しさを増していった。数日に一度は、支部制圧の報告が入って来る。アジア連邦や北アメリカ合衆国との会談も頻繁に行われるようになり、帝都侵攻に向けて、大詰めを迎えていた。


[2010.3.10]